ヤマノイモ科の性質の概略
 
●化石

フランスの新生代第三紀始新世(約5,300万年前から3,700万年前までの時代)の地層から、ヤマノイモ科のものと思われる葉の化石が発見されている (Potonie (1921) Lehrbuch der Palaeobotanik, Zweite Auf. von Gotham, Borntraeger (Berlin) p 356)。 その葉の形態が現生種のヤマノイモ属 Stenophora 節 (日本を含む東アジアに分布している節.オニドコロが代表 種.別項参照.)の葉によく似ているとして、現生種に近い形態を持つ祖先種がその頃には存在していたことを Burkill は指摘している (Burkill (1960) "The organography and the evolution of Dioscoreaceae, the family of the yams" Jour. Linn. Soc. (Bot.), 56: 319-412)。

一般的に単子葉植物の化石(花粉も含めて)の出土は少ないとされているが(化石になりにくい草本が多く、動物が送粉者の花が多いため花粉も少ない、などのためか)、中でもヤマノイモ科の化石は少なく、信頼が置かれている化石は上記のもの程度であろう。上記の Potonie (1921)の教科書には ヤマノイモ科に近縁のサルトリイバラ科(Smilaciaceae)では小さな花の化石さえが記され、版が進むと同科では新たに発見された化石が追加されているが(Gotham & Weyland (1973), Berlin. のp 441 の図)、ヤマノイモ科については追加はない。

なお、信頼が置ける化石の証拠はないものの、アフリカと南米での現生種の分布と大陸移動の時期から考えると、現生のヤマノイモ属に近い祖先種は白亜紀の末(6,400万年前)には既に生じていたと Burkill (1960) は推定している。

一方、分子遺伝学データーと化石の年代とを対照して得た基準に基づいた単子葉植物についてのある計算によれば、単子葉のたいていの科は白亜紀と第三紀の境界(K-T 境界)の前に存在しており、ヤマノイモ科も約8,000万年前には成立していたと推定されている(Jansen & Bremer (2004) "The age of major monocot groups inferred from 800+ rbcL sequences" Bot. Jour. Lin. Soc., 148:385-398)。ちなみに、この計算によればラン科は11,100万年 前、ショウガ科が2,600万年前、ヤマノイモ科に近いとされているキンコウカ科 とサルトリイバラ科は、それぞれ7,600万年前 と 9,000 万年と推定されている。
 

●現生の科の性質

この科の形態的特徴は、単子葉には少ないツル性の種が多く、ごく少数の木本の種を除く大多数が多年生草本であり、多くが雌雄異株で単性花をもち、花被は6枚、雌花の花柱は3本が合着し(雄花の退化花柱も)、雄花の雄蕊は(雌花の退化雄蕊も)3本か6本で反り返っているものが多く、果実は多くの種が3室のカプセル (Dioscorea 属)、数種が3室のベリー (Tamus 属) 、20数種がサマラ (Avetra 属、Rajania 属. 6個の胚珠のうち5個が退化した1 seed samara) であり、ほとんどの種の種子は扁平で翼を持ち数種が粒状 (Tamus 属と Borderea 属)であり、肥大の仕方がさまざまな大きな貯蔵器官を地下に形成し、全草に特有な粘質物を含み、ムカゴをつける種が多い、などがある。

地下貯蔵器官にはデンプンや特有の粘質多糖類を含み、食用として採取や栽培がなされている種(edible yam)が多く、また、ステロイドサポゲニンを多量に含み (最近のreviewは、Sauter et al. (2007) "The Dioscorea genus: a review of bioactive steroid saponin" Jour. Nat. Med. 61: 91-101)、生薬や製薬原料としても採取や栽培されている種(medicinal yam)も多い。布の染料(表紙ページのソメノイモの写真参照)や漁猟用の魚毒として用いられている種もある。

この科に特有な生理的な性質としては、多くの植物では休眠打破作用を持つ植物ホルモンのジベレリンが、外部から与えたものもまた内生のものも、ムカゴやイモの休眠を深める作用を持っていること (表紙ページのジベレリンの構造式からの詳細を参照);ジベレリンの生合成経路が二本稼動していること;植物ホルモンのアプサイシン酸の代謝産物として稀な 7'-hydroxyabscisic acid を含むこと (Tanno et al. (1996) "Identification of 7'-hydroxyabscisic acid from dormant bulbils of Dioscorea japonica" Proc. PGRSA 23rd Annual Meeting: p93-98 (Cargary) ;などがある。

より基本的な代謝に関しては、系統的に近縁とされているユリ科とは異なり、フルクトオリゴ糖(Glu-Fru-Fru-Fru---)を篩管液に含んでいない (Pollard (1982) Biochem. Systemat. Ecol. 10:245-249)。フルクトオリゴ糖を含まないという性質はヤマノイモ科に編入することが最近提案されている(下段参照)Taccaceae (タシロイモ科)も同様である。

また、細胞壁のセルロースミクロフィブリルを網目状にするクロスリンキンググリカン (昔ヘミセルロースと呼ばれていたもの) が、多くの双子葉とユリ科を含む単子葉の約半数に見られるフコガラクトキシログルカンではなく、単子葉の残りの半数に見られるグルクロノアラビノキシランでもない (Carpia & McCann (2000) "The cell wall" In Buchanan et al [eds] Biochemistry & Molecular Biology of Plants. p68, Am. Soc. Plant Physiol. (Rockville))。
 

●ヤマノイモ科の分け方

下の表に、近年のいくつかの分類体系を通じて分けられてきた属を一覧で示し、それらのおもな性質も付記した。なお、後段で説明する Caddick らによる最近の分類では、Tamus から Testdunaria までの属はおそらく節になると思われ、その場合にはこれらは genus equivalent section と称するのが適当となろう。
 

表 1 ヤマノイモ科の属

属名
おもな分布域
種数 染色体数
X =
果実
種子の形 草丈 ツルの左右性 画像

Avetra
マダガスカル北東岸 1
両性花
翼果
有翼
ツル
Stenomeris
マレーシア・インドネシア・フィリピン 2
両性花
さく果
有翼
ツル 左上がり巻き
Trichopus
インド南端・スリランカ・マレーシア 1 7
両性花
さく果
無翼
矮性
Dioscorea
世界の湿潤熱帯〜東アジアの亜寒帯 200
〜850
9, 10, 8(1種)
雌雄異株
さく果
有翼
ツル 右&左上がり巻き
Tamus
地中海域・カナリア・マデイラ 2 12
雌雄異株
液果
ツル 左上がり巻き
Borderea
中央ピレネーのおもにスペイン側 2 6
雌雄異株
さく果
矮性
Rajania
西インド諸島 25 9
雌雄異株
翼果
有翼
ツル 左上がり巻き
Epipetrum
チリアンデス低部 3 7
雌雄異株
さく果
無翼
ツル 左上がり巻き
Testudinaria
アフリカ南部、中米
雌雄異株
さく果
有翼
ツル 左上がり巻き
Nenarepenta
メキシコ
雌雄異株
ツル
Tacca
10+ 15
両性花
液果、
さく果
無翼
無茎叢生

この表は以下の文献を参考にした。

  1. Burkill (1954) "Dioscoreaceae" In Van Steenis [ed.] Flora Malesiana Vol. 4, p293-335. Noordhoff (Groningen).
  2. Al-Shehbaz & Schubert (1989) "The Dioscoreaceae in the southeastern United States", Jour. Arnold Arbor. 70: 57-95.
  3. Huber (1998) "Dioscoreaceae" In Kubitzki [ed.] The Families and Genera of Vascular Plants III, p216-235. Springer (Berlin)

今につながる分類体系は Uline (1897) ("Dioscoreaceae" In Engler & Prantl [eds] Nat. Pflanzenfamilien, Nachtragzu II, 5:80-87 Engelmann (Leipzig))からはじまり、果実と種子の形態、雌雄異株か同株か、などを基礎的な key にして科内を分け、最近の Caddick et al. (2002a) (Yams reclassified: A recircumscription of Diosocreaceae and Dioscoreales(Yams reclassified: A recircumscription of Diosocreaceae and Dioscoreales" Taxon 51: 103-114)では分子レベルでの遺伝的距離の結果を参考にし、花の性を最も基礎的なkeyとして科内を分けている。 この間の科内の属数は、上表の属の結合と分離により 3〜8 であった。

上記のCaddick ら(2002a) の分け方は、以前からヤマノイモ科との近縁性が論議の対象になっていたTaccaceae (タシロイモ科)が、分子データからもヤマノイモ科に近いことが判明したことを踏まえてヤマノイモ科に含め、このまとまりを両性花か単性花であるかによって分けた。

このやり方では、これまで多くの場合に単独の属にされていた表1の単性花の Tamus、 Borderea、 Rajania、 Epipetrum、Testudinaria、Nanarepenta などの属の相互間の違いは、両性花のTrichopus、Stenomeris、Tacca などの属同士の違いほどには大きくないとして、これら単性花の6属をDioscorea 属に含ませた。このやり方によれば Dioscorea、 Trichopus、 Stenomeris、 Tacca の4つの属をもってヤマノイモ科とし、3つのkey(花の性→茎の有無→胚珠の数;2番目と3番目のkeyは簡略に記した)によって下記のように属に分けている。

ヤマノイモ科

 → 単性花 … Dioscorea (350〜400種)

 → 両性花

   → 茎がない … Tacca (10種)

   → 茎がある

     →6個の胚珠 … Trichopus (2種)

     →多数の胚珠 … Stenomeris (2種)

この Caddick et al. (2002a) のやり方では、表1 にあるAvetra の1種をTricopus 属に移動するためAvetra 属がなくなり、Trichopus 属が2種になっている。

ヤマノイモ属の学名には同義のものが多く、正確な種数は分らず、表1にあるようにこれまで約200種(Ayensu (1972))から、850種(Al-Shehbaz & Schubert (1989))まで、幅広い推定がなされて来ている。上の350-400という種数は Wilkin による未発表の推定値である (Caddick et al. (2002b) Bot. Jour. Linn. Soc., 138: 123-144 の p125)。

この提案にのっとると、これまで別属にあり今回ヤマノイモ属にとり入れられた種の学名の変更が生じるが (おもに属名の部分)、日本の野生種すべてとおもな栽培種に関しては、学名の変更は生じない。

しかし、「亀甲竜」と名づけられて市販されている鑑賞用の植物については、所属していたTestudinaria 属が Dioscorea 属に含められるため、 Testudinaria elephantipes ならば Dioscorea elephantipes になる。

Caddick らは、科のほとんどの種を含むことになったヤマノイモ属の、属の下のレベル(subgenus /section)での分け方は発表予定としている (Caddick et al. (2002a) p 107)。
 

 

●ヤマノイモ属の二種類の地下肥大器官

Genus Dioscorea の地下肥大器官は、大まかに二種類ある。

Rizomatous type: オニドコロに見られるような、地下茎状の硬くて細いかまたは小さな塊状で、水もデンプンも少量しか貯めていない器官であり、ヒトの食用にはならない。

Tuberous type: ヤマノイモやナガイモをはじめとし、熱帯各地で食用とされているような、やわらかくて大きく、大量の水とともにデンプンや粘質物のような多糖類をも大量に蓄積している。

二つのうち rhizomatous type は、属の中でも進化的に古いグループであって、tuberous type は乾燥 (乾季の存在) へ適応して誕生した新しいグループであろうと考えられている (前出の Burkill (1960))。

Tuberous type は、発芽後しばらくの間は自身のイモが保有する水と養分とを頼りにして成長することが出来る。

二つのタイプの現在の分布から考えると、南米とアフリカが大陸移動で分かれる以前に、Tuberous type は誕生していたと推定されている。
 

●ヤマノイモ属の節 (亜属)

属と種のあいだの単位での分類は、Uline (1897) 以来、種子の形態特に翼の形状 (全周か、片側か)、ツルの巻く方向 (右か左か)、地下貯蔵器官の形態 (rhizomatous か tuberous か)、ムカゴをつけるかどうかなどの key により、視点や立場により変遷を経ながら数十の節に分けられてきている。

日本のヤマノイモ属をおもに取り扱う際に都合が良い、Burkill (1936)を一部改変した Ayensu (1972) による23節に分けるやり方をわれわれはとっている。このわけ方では、節に分ける最初の key は、地下貯蔵器官が rhizomatous か tuberous かである。Rhizomatous であれば、すべて Stenophora 節でありtuberous であれば続く key により他の22節に分けられる。
 

●ヤマノイモ属の分布

表1のDioscorea 属以外の属は表に記載した地域にほぼ局在している。種数が多く広い範囲に分布している Dioscorea 属は、アジア、アフリカ、中南米の、湿潤熱帯が分布の中心である。この中で、東アジアでは、赤道直下の熱帯からロシアのアムール河流域のような高緯度の亜寒帯に至るまで、数十種が種ごとに分布域を南北にずらしながら、現在の環境によく適応しているためか旺盛に繁茂し、属としては連続的に生育している。われわれが研究対象として選んでいる第一の理由はこの連続分布にある。

東アジア (大陸島を含む)における沖縄の地位に着目した指摘にあるように(伊藤嘉昭, 一生態学徒の農学遍歴, p44 (蒼樹書房) 1975)、湿潤熱帯と湿潤温帯をつなぐ湿潤な亜熱帯地域は、地球上の他の地域では欠けているが東アジアには現存しており、それゆえに東アジアは熱帯から高緯度まで乾燥地帯でさえぎられることなく降雨林を主体とする植生が切れ目なく連続している唯一の地帯であり、ヤマノイモ属はそのような連続分布をしている植物の代表的な典型例である。
 

●南北方向の種の系列

このような東アジアの熱帯から亜寒帯までに亘りごく近縁の間柄にありながら分布域を南北にずらしているメンバーの多くは Stenophora 節の種であり、この節の種の系列に着目して、休眠のような温度が関わる現象の種間比較を基本とする生理学的な研究が行なわれている (Bot. Mag. Tokyo 99: 15-27 (1986))。

この節には、ヤマノイモ科の中でもっとも高緯度まで進出した種 (ウチワドコロ/ロシアのアムール河流域、D. villosa /カナダ東岸)がある。なお、科の中でもっとも寒冷な地域まで進出している種は、中央ピレネーの標高1,700m 〜 2,000m あたりにだけ生育している Borderea 属の 2 種であろう (Garcia & Antor, Oecologia 101: 59-67 (1994))。
 

●東西方向の種の系列 …… 第三紀遺存種

Stenophora 節は第三紀の間の長い時間、特に後半の新第三紀といわれることがある時期に、まだ少し残っていたテチス海の北側の、ユーラシア大陸と北米大陸とがいわゆる "old" Behring landbridge で接続していた頃の(ベーリング海峡が開通して接続が切れたのは約1,000万年と少し前)ひとつながりの大きな大陸の東西に亘る広い範囲に分布していたらしく、現在遺存的な植物 (オリエントブナとかイカリソウ属とか) が生育しているスポットのいくつかのごく狭い範囲に、 Stenohora 節の形態を典型的に備えた種が生育している。 北米東岸のアパラチア山脈の裾に2種、コーカサスと黒海の間のコルヒダ低地に1種、アルバニアとコソボの国境の山岳地帯の裾の夏季に雲霧や驟雨がよく発達する地点に 1 種、そこから北東に 100Km 離れたモンテネグロの地下水が豊富な田園都市の周辺に1種など、合計 4 種と 1 form である (Amer. Jour. Bot. 80: 493-499 (1993))。

東アジアの種の系列については現在の環境への適応の仕方について、東西の系列によれば数百万年の時間が関わったことに関して、なにがしか情報が浮かび上がる可能性があると考えている。

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