Tacca (タシロイモ属)
地下にイモを持ち、大きな葉を茂らせ、特異な花 (というよりは花に付随している苞) をもつ、多年生草本である。一見すると、とてもヤマノイモの仲間とは思えないが、分子遺伝学的にヤマノイモ科に近いという知見が出る前から、 ヤマノイモ科と共通する祖先から由来した植物群であると考えられており、 rbcL にはじまるいくつかの遺伝的距離の測定結果を踏まえて、Caddick ら (2002a)(この文献はヤマノイモ科の性質の項参照)は、独立した科であった Tacca を、属としてヤマノイモ科に含めることを提唱した。

食用として栽培もされているが、近年は観葉植物として、また特徴的な苞の形や色が注目されて、世界的に観賞用として流通が増加している。

ホワイトラビットという名で市販されている Tacca integrifolia Ker-Gawl.。 まだ花芽はつけていない。
 
 

ブラックキャットという名を付けられている T. chantrieri Andre.。 開花後まだ間もない株 (東京都神代植物公園、2009年9月9日)。

 

分布と分類
マレーシアからインドネシアを中心とする東南アジアにもっとも多く約10種、 次いでアフリカ大陸(非固有1種)とマダガスカル(非固有1種)、南米にはアマゾンの中流から下流域に固有種が1種分布している(Drenth (1976) "Taccaceae" In Van Steenis [ed] Flora Malesiana I, Vol.7: 806-819, Noordhof (Groningen))。 このDrenth (1976) には、マレーシアに生育してい る8種を分ける key と種ごとの分布域を示す図が記されている。

上記の自然分布に加え、二次的にポリネシア、オーストラリア、中国などの湿潤な熱帯や亜熱帯の低地に広がっている。Dioscorea 属は湿潤熱帯を分布の中心としてはいても温帯北部や亜寒帯といえるような地域にまで進出しているが、Tacca 属 の分布域は赤道を中心として南北の回帰線の間にすっぽりと収まっている.

なお、Tacca の種数は、Kubitzki (1998) の review では基本的に Drenth (1976)にのっとって約10数種としているが (Kubitzki (1998) "Taccaceae" In Kubitzki [ed.] The Families and Genera of Vascular Plants. Vol.III Flowering Plants ・ Monocotyledons, Liliae (Except Orchidaceae), Springer (Berlin))、いっぽう web の Watson, L., and Dallwitz, M.J. 1992 onwards. The families of flowering plants: descriptions, illustrations, identification, and information retrieval. Version: 29th July 2009. (<http://delta-intkey.com>http://delta-intkey.com.) によれば 31種とされている。

  

地下器官
地下器官は球形かまたは細長く、種によって決まった形をしており、細長いものでは横に這ったり下に伸びたりなど、種に特有な成長の仕方をする。 地下器官はデンプンを多く含み、taccalin による苦味があるが、食用にされ栽培されている種もある。代表的な食用種は、地下器官が大きくデンプン含量も多い(最高で27%ほど) T. leontopetaloides L. であり、フィジー からポリネシアで栽培されている。なお、ときにこの種は、アロールート (Maranta 属 のクズウコンなど) の類と混同されていることがある。 苦味物質 taccalin は、後に記すようにニガカシュウなどの diosbulbin に似た化学構造を持つと 予想されている。

また、例えば Chhabra et al. (1993) "Plants used in traditional medicine in eastern Tanzania. VI. Angiosperms (Sapotaceae to Zingiberaceae)." J. Ethnopharm. 39: 83-103. にあるように、根や葉を焦がして漬み出た液を痛み止めにするなど、場所によっては生薬として利用され ている種 (T. leontopetaloides (L.) O. Kuntze) もある

  

茎と葉
葉が付いている通常の茎は、Dioscorea とは異なりまったく伸びないので見えないが、当然のことながら茎の部分は存在しており、その伸びない茎から、長い葉柄を持つ大きな根生葉 (radical leaf; 実際には茎から出てはいるが、 あたかも根から出ているように見える葉)が出る。

一枚の葉は伸びだしてから10数日で展開し終わり、生育が盛んな時期にはすぐ次の葉が内側から出、葉の枚数は周囲から中心に向かって一枚づつ増える。上の写真のホワイトラビットでは、6-7枚の葉が出たあとは、新たな葉が中心から出だすとともに、加齢が進んだ古い葉(外周に位置している)が萎れ始めるため、一株の葉の枚数は6-7枚で一定になる。

上の写真の開花しているブラックキャットのほうは、最大で13枚ほどまで茂る。葉の形 (羽状の種と掌状の種がある)、茂り方、新鮮な葉の緑色と古い葉の鮮黄色 (しおれる前に葉緑素の色だけが消え鮮黄色が残る) の対比などの点 で、観葉植物として扱われている。

 

花序
花梗 (peduncle; 通常の葉はつけずに、花をつける茎)が、根ぎわの葉の重なりの間から出、伸長して直立し、先端に花序(互散花序)をつける。 花序の付け根には、大きな葉のような総苞 (involucral bract) が、花序を囲むようにつく。

花序は、写真 (T. chantrieri )のように、10個前後の花からなる。赤い矢印が開花している花 (全6個)、黄色の矢印が開花前のつぼみ (全3個)。他の属の花はいずれもさしわたしが3-7 mm 前後と小さいが (種の表の画像参照)、Tacca では個々の花の差し渡しは2センチほどである。花には柄があり、 垂れ下がる花が多いが上方や正面を向く花もあり、それが目に擬されて、また細長い苞がひげに見立てられて、ブラックキャットなる名称がつけられている。 いっぽう、大きな総苞をコウモリに見立てて、バットフラワーと言う呼称もある。また、総苞片が白い種は、それを耳に見立てて、ホワイトラビットという名で呼ばれることがある。

総苞を構成する総苞片 (紫の矢印. おもてから写した左側の写真では3枚見えている. 裏からの写真には、全部の枚数である4枚が見えている.)の枚数は多くの種で4枚であり、外側の2枚の総苞片は、受粉後に大きくなりカラーのように立つことが多い。総苞片の枚数が4枚ではない種は、2-12枚のT. leontopetaroides 、2枚のT. bibracteata などがある。 総苞の色は、種によって濃い暗紫 (咲き始めは色が薄く緑色がかっているがやがて濃くなる)か、 または白であり、どちらにしても良く目立つ。

花序を構成する個々の花の間からは、ヒモのような長い苞 (filiform bract) が出て垂れ下がるが (水色矢印。この株では全14本見えている。) やがて萎れて落下する。総苞もヒモのような苞も、ともに葉が変形した苞であるが、それの出現する位置から言えば、分岐して最初に出る葉なので、ともに前出葉でもある (Kubitzki, 1998)。

なお、Kubitzki の解説は、花一個に長い苞が一本出るように読めるが、たいていの花序では、上の写真のように花の数よりも長い苞の本数のほうが多く見えている。 しかし、花の柄や長い苞の付け根付近をかき分けて花序の基部を探すと、黄色い色をした小さなつぼみが数個見つかることが多く (これらのつぼ みはあまり発達せず開花するまでには至らない)、それらを含めると花の数と長い苞の数はほぼ同数のように見える (まだ観察数は少ないが)。

花序中のいくつかの花が開花すると、上の開花株の写真の種をはじめいくつかの種では、直立していた花梗は根際から倒れるように横になり出し、果実をつけた ”もと花序 ” (infructescence)は、やがて地面に接することになる。このときの花梗は枯れたりしおれたりという状態で横たわるのではなく、花梗の根元をくるんで直立するように支えていた根生葉の重なりが緩むことによっ て、頭の重い花梗が自重で横たわるように見える。

  

花は、Caddick (2002a) らが他の属と分ける最初の key としているように、 両性花である。 そのため、退化した部分がないことを除けば、だいぶ大きいが基本的な構造は Dioscorea の花と同じであり、花被が6枚で、雄蕊は6本をもち、雌蕊の先端の柱頭は三つに分かれている。

開花した花被は、花の縁に沿って包装紙のように曲がり、花の壁の外側に密着 する。Dioscorea の多くの種の花と同じく花被 6 枚は同格ではな く、内外の3枚づつ形が少し違い、外側の3枚は幅が狭い。また、6本の雄蕊の間にも成長速度に少しの違いがあり、外側の花被の付け根から出ている雄蕊の発 達のほうがわずかに早い。雄蕊は内側に曲がり、葯は柱頭に接近している。花の発達に伴う、葯を覆うフード状になる葯隔の変化をはじめとする雄蕊の形態の変化は、 Caddick et al. (2000) "Floral morphology and development in Dioscoreales" Feddes Repertorium 111: 189-230. に詳しい。

雄蕊の並びの隙間から少し見えるように、花の底は明るい色をしている。

 

果実
果実は一種だけがカプセル、他はベリーである。

Kubitzki によれば、花後の果実形成に関しては、種によって決まっている二つのタイプがある。果実が形成されたあとに花梗が横たわり果実が接地するタイプでは、果実は暗い色をしていて果皮が厚くゼリー状で甘く、おそらくネズミの類により運ばれるらしい。もう一つは花梗は直立したままでいるタイプであり、果実は果皮が薄く、オレンジや黄の鮮やかな色をしている。

種子は、Dioscorea をはじめとする他の属のものと同じく、大きな内乳に埋め込まれるようにして小さな胚があり、発芽のための主たる貯蔵養分は内乳に含 まれている脂肪である。

 

生理・生化学的性質
Dioscorea と同じく、葉の表皮細胞に蓚酸カルシュウムの結晶、葉肉に粘質物を含んでおり、種子の貯蔵物質も脂肪である。しかし、粘質物の構成糖やタンパク部などの詳細、トリアシルグリセロールの分子種構成などのレベルでの異同はまだわからない。 地上部にフルクトオリゴ糖(Glu-Fru-Fru-)を含まないことも Dioscorea と同じである (ヤマノイモ科の性質の項参照)。

苦味のもとになっている物質と考えられているタッカリン (taccalin) は、日本に野生している Dioscorea であるニガカシュウ (Ida et al. (1978) "Furanoid-norditerpene aus Pflanzen der Familie Dioscoreacea, V. Struktur der Diosbulbine-D, -E, -F, -G und -H" Just. Liebigs Ann. Chem. 1978: 818-833)やアケビドコロ (Singh (1999) "Diosbulbin B, a constituent of Dioscorea pentaphylla. Acta Cryst. C. 55: 559-561)から 見出されている ディオスブルビン (diosbulbin)によく似た構造 (側鎖にフ ラン環をもつ炭素数19個のノルジテルペン)らしく、この点も Dioscorea 属との近い類縁関係を示唆している (Hegnauer (1986) "Phytochemistry and plant taxonomy: an essay on the chemotaxonomy of higher plants" Phytochemistry  25:1519-1535.)。

地下器官が Diosocrea と同じく ジベレリン誘導休眠性をもつかどうかはまだ不明である。

 

授受粉
花序の特徴的な色と構造に加えて、いくつかの種では花に匂いがあるため、虫媒 (ハエ)による他家受粉を目指した花のように一般的に思われて来ている。 しかし、花序のいろいろな構成要素を除去した実験によれば、除去にかかわらず自家受粉が優先して行われて種子が形成されているという報告が出され (Zhang et al., (2005) "Predicting mating patterns from pollination syndromes: the case of sapromyophily in Tacca chantrieri (Taccaceae)" Amer. J. Bot 92: 517-524.)、この特徴的な花序のディスプレイについての論議がなされている (Zhang et al. (2006) "Genetic diversity and geographic differentiation in Tacca chantrieri (Taccaceae): an autonomous selfing plant with showy floral display" Ann. Bot. 98: 449-457 や、Fenster & Martin-Rodriguez (2007) "Reproductive assurance and the evolution of pollination specialization" Int. J. Plant Sci. 168: 215-228.)。