Genus Tamus

ヤマノイモ科の多くのメンバーと同じくツルを伸ばして生長する性質をもつ。 その一方で、果実に関しては少数派である液果を着け球形の種子をもつ。これがTamusグループの特徴である。

ヤマノイモ科の果実の形態には、|果(capsule, カプセル)、裸果(samala, サマラ)、液果(berry, ベリー)の三種類がある。どの形態の果実をつけるかは種によって決まっている(表1,ヤマノイモ科の属一覧を参照)。 この科の大多数(おおよそ9割以上)の種の果実は、秋の山野でよく見られるオニドコロやヤマノイモがもつようなカプセルである。サマラは20余種が着け、これらの種でRajania グループを形成してカリブ海地域に分布している。ベリーは10余種が着けるが、その大部分の種はツル性ではなく茎が伸びず葉は根生葉の種であり、これら根生葉のものはTacca(タシロイモ)グループを成し、おもにアジアの湿潤熱帯に分布している。ツル性でありながらベリーを着ける種は2種だけ存在し、1種は地中海域に広く、他の1種は北大西洋上のマカロネシア諸島(Macaronesia)の中でもアフリカ大陸からあまり離れておらずかつ湿潤ながらさして高温にならないカナリア諸島やマデイラ諸島にのみ分布している。この2種で Tamusグループを成している。 この2種が共に分布している地域はない。

学名について
Caddick, Wilkin et al. により2002年にヤマノイモ科の reclassification が提案された(Yams reclassified: A recircumscription of Diosocreaceae and Dioscoreales" Taxon 51: 103-114)。この提案以前にはTamusの地中海域の種はTamus communis L. とされていたが、この提案に則るとDioscorea communis (L.) Caddick & Wilkin となる。 さらに、この提案には、新学名にはマカロネシアの種(以前は Tamus edulis Lowe とされていた)をも含むと記されている。 KewやISHSによるPlant nameに関する有力なサイトも最近はこれに則っている。 ところが一方では、Wilkinはマカロネシアの種を地中海域の種とは区別しており、この種を Tamus (Dioscorea) edulis という変則的な記載方法で記している (Wilkin, Schols et al. (2005) Systematic Botany 30: 736-745)。 このように Caddick, Wilkin ら(2002)によるreclassification では、Tamus グループの明らかに別種とされるべき2種をどう扱いどう記載するかについては混乱があると思われるため、ここではそれよりも前に2種がTamus属をなしていたときの Tamus communis L. と Tamus edulis Lowe とを学名として用いる。染色体数はX=12,2n=48,96 (Huber (1998) Dioscoreaceae. In [ed. by Kubitzki] The families and genera of vascular plants. Vol. III Flowering plants monocotyledons Lilianae (except Orchidaceae), p216-235. Springer)。

地中海域の種 Tamus communis L. は、昔から薬草として利用され、また場所によっては(シチリア島など)山菜として食されており、一般によく知られていた植物であったらしい。イギリスではblack bryony と呼ばれている。これと対をなす呼ばれ方をしている white bryony というウリ科の植物があり、その種についても付記する。


Tamus communis L.(English common name は Black bryony)

Tamus communis L. は地中海域を中心にして、西はイギリスの大西洋沿岸から東はイランまで分布している。南限は南西モロッコ、アトラス山脈、アルジェリア、チュニジア、パレスチナをつなぐ北アフリカであり、北限はイギリス中部ニューカッスル、ベルギー、ザール、黒い森、オーストリアのシュティリア、バラトン湖北岸、クリミア半島、スタブロポリ、カスピ海西岸のアゼルバイジャンのレンコランをつなぎ (Burkill (1937) "The life cycle of Tamus communis L." Jour. Bot. 75: 1-12)、さらに東端はカスピ海東南岸のイランのゴレスタンにまで至る線である (Jafari SM, Akhani H. 2008. Plants of Jahan Nama protected area, Golestan province, N. Iran. Pakistan Journal of Botany 40: 1533-1554)。氷期のおわりとともにモロッコあたりからブナの北上を追って分布を広げたと推定されている (Burkill, 1960)。


ヤマノイモ科の新第三紀遺存種 (Neogene relicts) が分布している極めて狭いスポット(Dioscorea caucasicaが分布しているグルジアの一部、D. balcanica が分布しているバルカン半島の一部、Borderea グループが分布している中央ピレネーのいくつかの谷) を除くと、ヨーロッパに普通に生えている唯一のヤマノイモ科の種である。山野、道端、人家の生垣に絡まってなど、分布域内ではごく普通に見かける。向陽地では盛夏には葉が枯れてしまうことが多いが、半日陰では夏枯れすることもなく晩秋まで葉をつけて生育する。左の写真はピレネーイワタバコのような日陰植物が生育している暗い環境にも入っている T. communis (スペインアラゴン地方ファンロ渓谷、2003年5月24日。この雄株の花期は終わっており、隣接して生えていた雌株には、既に大きな緑色のベリーができていた。)。右の写真は、向陽のやや湿潤な林縁 (旧ユーゴスラビアコソボ自治州レチャーニ (Recani) 村、1988年8月7日)。他の種の植物の葉は枯れずに緑色をしているが、T. communisの葉は夏の後半には枯れ出して黄色になる。

春に地中のイモが発芽し、ツルが地上に出てきた時にすでに花芽が見え、ツルの伸びが一段落した5月初旬には花が咲きはじめる。日本のヤマノイモ科の種と並置して栽培してphenologyを比較観察すると、日本産の中でもっとも早く開花するツクシタチドコロとほぼ同じ頃に開花する。花に匂いを感じたことはない。ベリーは7月には肥大が終わり(色は未熟な緑色だが)、内部の種子はほぼ成熟した大きさになっている。向陽環境で葉は夏枯れしても、ベリーはツルについたまま徐々に赤色になる。なお、半日陰のもとではベリーが十分に赤色になり終わる11月初旬まで葉は枯れずについている。

ヤマノイモ科のたいていの種は、地中のイモから出た茎 (ツル) はすぐに真上を向いて伸びだす。 ところが、T. communis の地中のイモから発芽した直後の茎は、地面を這うように10cmあまりも日陰の方向に伸び、その後やや上向きに伸び出して、やがて他物にからまり出す。しかし、そのようにして生長した茎から展開した葉は、他の多くの種と同じように、光を大量に受けるような角度に葉身を傾ける。

分布域内ではどこでも良く見かけるほどよく繁茂していることは、日本におけるオニドコロの繁り具合に似ている。種子の貯蔵脂肪(トリアシルグリセロール)の特徴的な分子種組成(パルミチン酸を含む分子種の含量が多く、リノレン酸を含む分子種が少ない)のレベルでも、オニドコロによく似ている。葉の形のオニドコロに似ているが、葉柄が短かいためかオニドコロほどに他の植物を厚く被覆はしない。

冒頭に記したようにTamusグループの特徴は、ツル性でありながら果実が液果(ベリー)であることである (右の写真。仙台市青葉区で栽培、2001年8月10日)。 ベリーは未熟時には緑色、熟して鮮やかな赤色、茎葉が枯れても少しの間は赤色だが、その後はややしぼんで黒褐色になる。1個のベリーは球形の硬い種子を最多で6個含む。ベリーは有毒であり、ヨーロッパ域の一般向けの図鑑ではドクロマークが付けられていることが多い。 ヒトが食した場合の毒性は Burkill (1937) に詳しい。 一方、硬い種子を噛んだり、春先の若い新芽を長時間ボイルして“山菜”として食用にしている地域があり(シチリア島をはじめイタリア各地)、ところによっては新芽を野生のアスパラガスとも呼んでおり、栽培も試みられている (D’Antuono LF, Lovato A. (2003). Germination trials and domestication potential of three native species with edible sprouts: Ruscus aculeatus L., Tamus communis L. and Smilax aspera L. ISHS Acta Horticulturae 598: 211-218.)



左:メス花側面像。 右:メス花上面像。ヤマノイモ属(Caddick 以前の狭義のヤマノイモ属)の種のメス花に比べて子房が大きいが、雌蕊が長く突き出ていることは、ヤマノイモ属のオニドコロに似ている。右の写真に見えるように、柱頭は広がり、先端が二つに割れた退化雄蕊は同格に6本ある。
 

オス花の側面像と上面像。メス花ともども、ヤマノイモ属のたいていの種と同様に、花被は外側の3枚と内側の3枚とに区別出来、外側の3枚のほうがやや小さい。雄蕊は同格のものが6本、花の中央の底にある退化雌蕊の周りから出、半ばごろで寄り集まり、先端近くから外側に曲がる。このような屈曲は、オニドコロの雄蕊と良く似ている。花の大きさは、日本のヤマノイモ属の花よりは少しだけ大きく、直径は5〜6mmほどである。

ヨーロッパには珍しいツル性の植物であり、赤いベリーが人目を惹き、古くから薬草として用いられてきていることなどのためか、薬学書の挿絵になったり、妖精と組み合わせて刺繍飾りの絵柄などにも描かれており、フランスでは tamier、スペインではnueza negra、アルバニアではpejza とか rrush gjarpri、ギリシャでは avronia、イギリスでは black bryony とか common bryonyなどと呼ばれ、比較的知られた植物であったらしい。

White bryony   このblack bryony に対してイギリスで white bryony と呼ばれている植物がある。これは、Bryonia alba L. というウリ科のツル性で地下肥大器官を持つ植物であり、昔はこれも薬草として重用されていたらしく、Tamus ともども中世の薬草図譜に載っている ("A Medieval Herbal. A facsimile of British Library Egerton MS 747" British Library、London (2003) の fol. 16v および 104v)。なお、bryony とはカブのような地中の器官のことを言い、この図譜によれば、Bryonia の地下部は真っ白いダイコンのように、Tamus の地下部は暗褐色のサツマイモのように描かれている。

Bryonia は繁殖力旺盛でよく茂り、巻きひげでからまって、あたかも日本のクズのように他の植物を覆うため、防除の対象にされていることもある。上の写真はロンドンのChelsea Physic Gardenに、おそらく”雑草”として、生えていた Bryonia (white bryony)(2005年6月3日)。T. communis は葉柄が短かく、このような覆い方はしない。

 

Tamus edulis Lowe.
7島からなるカナリア諸島のうちアフリカ大陸から遠い5島 (近い2島にはあまり植生がない)と、マデイラ諸島ににのみ分布している。世界遺産のガラホナイ国立公園を擁するゴメラ島をはじめ、ヨーロッパの第三紀の森林の直接的な後継が生育していると考えられている地域である。これらの島内にはごく普通に生育している。なお、これらの島には T. communis は分布していない。
ヤマノイモ科の中では少ない冬緑の種であり、現地では乾季が終わった例年9月頃の最初の雨で地中のイモが発芽し、いわゆる乾燥形態 (xeromorph) らしい形態は、ベリーであること以外には見当たらない。日本で常時潅水しながら栽培しても、夏季に休眠し秋口に発芽する冬緑植物として成長するが、地上部の耐寒性は8度前後なので、冬の間は加温する必要がある。右の写真は日本で栽培しているオス株(仙台市青葉区 11月25日)。紫褐色の花序がたくさん茂っている。
 

上はオス花の上面像と側面像。さしわたしは約4mm。T. communis のものよりも、オス花もメス花も格段に小さい。写真に見られるように、オス花の3枚の花被にちがいはほとんどない。左の写真では、虫がいる花被片を基にして一枚おきに計3枚が外側のものである。6本の雄蕊は同格。3本合着している退化雌蕊のうちの1本が少し伸びている花をときどき見かける。花の中央部の花被の付け根の付近まで、ヤマノイモ科の他の種にも多く見られるように、蜜腺から分泌された蜜が覆っている。 花被の色は日本に分布しているキクバドコロの地方変種、中国南部の Dioscorea zingiberensisTacca の数種などの、ヤマノイモ科の暗紫色の花色に共通する色調に見える。

 

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