Genus Tamus
地中海域の種 Tamus communis L. は、昔から薬草として利用され、また場所によっては(シチリア島など)山菜として食されており、一般によく知られていた植物であったらしい。イギリスではblack bryony と呼ばれている。これと対をなす呼ばれ方をしている white bryony というウリ科の植物があり、その種についても付記する。
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Tamus communis L.(English common name は Black bryony) | |
Tamus communis L. は地中海域を中心にして、西はイギリスの大西洋沿岸から東はイランまで分布している。南限は南西モロッコ、アトラス山脈、アルジェリア、チュニジア、パレスチナをつなぐ北アフリカであり、北限はイギリス中部ニューカッスル、ベルギー、ザール、黒い森、オーストリアのシュティリア、バラトン湖北岸、クリミア半島、スタブロポリ、カスピ海西岸のアゼルバイジャンのレンコランをつなぎ (Burkill (1937) "The life cycle of Tamus communis L." Jour. Bot. 75: 1-12)、さらに東端はカスピ海東南岸のイランのゴレスタンにまで至る線である (Jafari SM, Akhani H. 2008. Plants of Jahan Nama protected area, Golestan province, N. Iran. Pakistan Journal of Botany 40: 1533-1554)。氷期のおわりとともにモロッコあたりからブナの北上を追って分布を広げたと推定されている (Burkill, 1960)。 |
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春に地中のイモが発芽し、ツルが地上に出てきた時にすでに花芽が見え、ツルの伸びが一段落した5月初旬には花が咲きはじめる。日本のヤマノイモ科の種と並置して栽培してphenologyを比較観察すると、日本産の中でもっとも早く開花するツクシタチドコロとほぼ同じ頃に開花する。花に匂いを感じたことはない。ベリーは7月には肥大が終わり(色は未熟な緑色だが)、内部の種子はほぼ成熟した大きさになっている。向陽環境で葉は夏枯れしても、ベリーはツルについたまま徐々に赤色になる。なお、半日陰のもとではベリーが十分に赤色になり終わる11月初旬まで葉は枯れずについている。 ヤマノイモ科のたいていの種は、地中のイモから出た茎 (ツル) はすぐに真上を向いて伸びだす。 ところが、T. communis の地中のイモから発芽した直後の茎は、地面を這うように10cmあまりも日陰の方向に伸び、その後やや上向きに伸び出して、やがて他物にからまり出す。しかし、そのようにして生長した茎から展開した葉は、他の多くの種と同じように、光を大量に受けるような角度に葉身を傾ける。 冒頭に記したようにTamusグループの特徴は、ツル性でありながら果実が液果(ベリー)であることである (右の写真。仙台市青葉区で栽培、2001年8月10日)。 ベリーは未熟時には緑色、熟して鮮やかな赤色、茎葉が枯れても少しの間は赤色だが、その後はややしぼんで黒褐色になる。1個のベリーは球形の硬い種子を最多で6個含む。ベリーは有毒であり、ヨーロッパ域の一般向けの図鑑ではドクロマークが付けられていることが多い。 ヒトが食した場合の毒性は Burkill (1937) に詳しい。 一方、硬い種子を噛んだり、春先の若い新芽を長時間ボイルして“山菜”として食用にしている地域があり(シチリア島をはじめイタリア各地)、ところによっては新芽を野生のアスパラガスとも呼んでおり、栽培も試みられている (D’Antuono LF, Lovato A. (2003). Germination trials and domestication potential of three native species with edible sprouts: Ruscus aculeatus L., Tamus communis L. and Smilax aspera L. ISHS Acta Horticulturae 598: 211-218.) |
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左:メス花側面像。 右:メス花上面像。ヤマノイモ属(Caddick 以前の狭義のヤマノイモ属)の種のメス花に比べて子房が大きいが、雌蕊が長く突き出ていることは、ヤマノイモ属のオニドコロに似ている。右の写真に見えるように、柱頭は広がり、先端が二つに割れた退化雄蕊は同格に6本ある。 |
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オス花の側面像と上面像。メス花ともども、ヤマノイモ属のたいていの種と同様に、花被は外側の3枚と内側の3枚とに区別出来、外側の3枚のほうがやや小さい。雄蕊は同格のものが6本、花の中央の底にある退化雌蕊の周りから出、半ばごろで寄り集まり、先端近くから外側に曲がる。このような屈曲は、オニドコロの雄蕊と良く似ている。花の大きさは、日本のヤマノイモ属の花よりは少しだけ大きく、直径は5〜6mmほどである。 ヨーロッパには珍しいツル性の植物であり、赤いベリーが人目を惹き、古くから薬草として用いられてきていることなどのためか、薬学書の挿絵になったり、妖精と組み合わせて刺繍飾りの絵柄などにも描かれており、フランスでは tamier、スペインではnueza negra、アルバニアではpejza とか rrush gjarpri、ギリシャでは avronia、イギリスでは black bryony とか common bryonyなどと呼ばれ、比較的知られた植物であったらしい。 |
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Bryonia は繁殖力旺盛でよく茂り、巻きひげでからまって、あたかも日本のクズのように他の植物を覆うため、防除の対象にされていることもある。上の写真はロンドンのChelsea Physic Gardenに、おそらく”雑草”として、生えていた Bryonia (white bryony)(2005年6月3日)。T. communis は葉柄が短かく、このような覆い方はしない。
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Tamus edulis Lowe. | |
7島からなるカナリア諸島のうちアフリカ大陸から遠い5島 (近い2島にはあまり植生がない)と、マデイラ諸島ににのみ分布している。世界遺産のガラホナイ国立公園を擁するゴメラ島をはじめ、ヨーロッパの第三紀の森林の直接的な後継が生育していると考えられている地域である。これらの島内にはごく普通に生育している。なお、これらの島には T. communis は分布していない。 | |
ヤマノイモ科の中では少ない冬緑の種であり、現地では乾季が終わった例年9月頃の最初の雨で地中のイモが発芽し、いわゆる乾燥形態 (xeromorph) らしい形態は、ベリーであること以外には見当たらない。日本で常時潅水しながら栽培しても、夏季に休眠し秋口に発芽する冬緑植物として成長するが、地上部の耐寒性は8度前後なので、冬の間は加温する必要がある。右の写真は日本で栽培しているオス株(仙台市青葉区 11月25日)。紫褐色の花序がたくさん茂っている。 | |
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上はオス花の上面像と側面像。さしわたしは約4mm。T. communis のものよりも、オス花もメス花も格段に小さい。写真に見られるように、オス花の3枚の花被にちがいはほとんどない。左の写真では、虫がいる花被片を基にして一枚おきに計3枚が外側のものである。6本の雄蕊は同格。3本合着している退化雌蕊のうちの1本が少し伸びている花をときどき見かける。花の中央部の花被の付け根の付近まで、ヤマノイモ科の他の種にも多く見られるように、蜜腺から分泌された蜜が覆っている。 花被の色は日本に分布しているキクバドコロの地方変種、中国南部の Dioscorea zingiberensis、Tacca の数種などの、ヤマノイモ科の暗紫色の花色に共通する色調に見える。 |