D. septemloba Thunb. (キクバドコロ)
キクバドコロはやや山深い林縁や、谷津(房総などの)によく見かける。向陽地にも見かけるが、半日陰の林縁や林内のギャップに多い。葉の色は他の種よりも暗緑色を帯びていることが多い。

上の写真の、横に伸びるツル2本のうち上がメス株、下がオス株のツルであり、それぞれの花序が下垂している(2002年6月23日。仙台市青葉区で栽培の株 (原産地は新潟)。)。

日本の野生のヤマノイモ属の中で開花する時期が最も早いのがツクシタチドコロ(4月下旬)であり次いでタチドコロ(5月中旬)、キクバドコロとシマウチワドコロ(6月初旬)、コシジドコロ (7月初旬/長野県白馬)となる。これらの種では、春に地下器官から発芽したツルが地上に出てきたときに既に花芽が見える。このあとの季節に開花するウチワドコロやオニドコロをはじめとする種では、発芽して地上に出てきたばかりのツルには花芽は見えず、発芽後に形成されるものと思われる。

 
 
キクバドコロのメス花序とメス花。メス花序は下垂し、花後徐々に上向きに反転する。柄のように見える子房の長さは約5mm。メス花の花被は、他の種と同様に3枚ずつの大小がある。開花した時の先端から先端までのさしわたしも約5mm。 退化雄蕊は同格の6個があり、先端は二つに分かれて口のように開いている。オス花の雄蕊を縮めた形である。

6本の退化雄蕊の基部は少し盛り上がっている。その盛り上がりの周辺が、上の写真のメス花のように黒褐色に色が付いている株もある。


 
オス花序とオス花。オス花序は上方や横に向かって伸び、枝分かれすることが多い。花には柄がない。6枚の花被は、外側の3枚が短く、内側の3枚が長い。雄蕊は6本あり、3本ずつ成長に差がある。雄蕊の先端は二つに分れている。 他の種に比べて雄蕊の幅が広く、開花後間がないときには屏風のように二つ折りになっていて、葯の褐色の色が中央に固まるように位置している。二つ折りはやがて開き、上の写真のステージでは、外側の花被(短い花被)の付け根から出ている雄蕊は既に開いているが、内側の花被(長い花被)の付け根から出ている雄蕊はまだ二つ折りの状態である。このあとこれも開くと6個の雄蕊で褐色の一重の円が出来上がる。花被の付け根が薄く茶色に見えるが、この色は花被についている色ではなく、裏側の苞の色が透けて見えることによる色である。花序の写真の中のいくつかの花で、花の裏側の褐色の苞が見えている。

花に匂いはないと思う

 

日本に分布しているヤマノイモ属のうちキクバドコロには、葉の形、花の色と形などに、変異が多く見られる。

この写真のキクバドコロは、最初の写真の株に比べると葉の切れ込みが深く、おそらくそれと関連しているのか、花被が、特にオス花の花被が、細長い。このような形態のものは関東地方に多いようであり、谷津(谷地、谷戸: 水田 のような平坦な低湿地と丘陵が入り組んでいる地域)の、平坦地と斜面の境の辺りなどでよく見かける(オス株。千葉市若葉区、2010年5月29日)。

 

上の株の花。左端はメス花、中がオス花。全開したときの花の差し渡し(対向する花被の先端から先端まで)は、メス花で約6mm前後、オス花が6-8mmほど であり、ことにオス花は最初の写真のキクバドコロよりもやや大きく、これはこの株のオス花の花被が最初の写真のキクバドコロのものより長いことによる。

他の多くの種の花被と同じように、外側の3枚と内側の3枚とに区別でき、外側の3枚のほうがやや短く幅が広い。最初の写真のキクバドコロと大きく異なるところは、開花したあとに花被の先端がカールすることである。カールの方向は 決まっていて、外側の3枚の先端は外側に、内側の3枚の先端は内側にカールす る (右端の写真)。この性質は、オス花ほどには長くはないメス花の花被の先端にも、わずかに認められる (左端のメス花)。

さらに、花被が細いばかりでなく、雄蕊の幅も格段に狭い。そのためか、最初の写真のオス花の雄蕊の説明に記した「開花直後には屏風が折りたたまれていて、のちに開く」ような変化が、この株のオス花ではきわめてわずかな程度にしか起きていない。開花直後においてもほとんど折りたたまれては居らず(雄蕊が細いためか)開花からの時間に伴う花の中心部の様相の変化は、最初の写真のキクバドコロ(新潟産)に比べると小さい。

なお、シマウチワドコロコシジドコロにおいては、オス花の雄蕊の「折りたたみ」は、最初の写真のキクバドコロとほぼ同じ程度に起きている(各項の写真参照)。

また、キクバドコロには花被の色の変異も知られており、D. zingiberensisTamus edulis(D. edulis) の花の色に似た赤紫色のものがある。

キクバドコロには葉や花の外見にいろいろな変異が上のように見られている が、キクバドコロの変種とされることがあるシマウチワドコロは外見上では区別できないほどキクバドコロに酷似していても、いくつかの特徴(染色体数、 胚嚢形成の様式)からまったく別系統とみなすのが妥当とされている(武内 (1970); 別項シマウチワドコロを参照)。

いっぽう、コシジドコロについては、更なる観察を行ってキクバドコロとの区別を明確に認識する必要があるように思う (コシジドコロの項参照)。

なお、キクバドコロが組み入れられている Stenophora 節(節 = 亜属)に は、ヨーロッパに3種類、北米に2種類の第三紀遺存種がある。この節の中の系統関係を rbcL から推定したところ、キクバドコロと最も近い種は日本の種ではなく、ヨ−ロッパの遺存種(黒海沿岸アプハジアに1種 D. caucasica、 バルカン半島アルバニア・コソボ・マケドニア に1種 D. balcanica、モンテネグロにその変種1種類。 第三紀遺存種の項参照。)であり、キクバドコロはこれらとともにひとつのクラスターをなすことがわかっている(丹野ら(1998): ヤマノイモ科 (Dioscoreaceae) の内生ジベレリン In Dioscorea Research 1、75-83。)。

  
 

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