D. septemloba Thunb. var. platyphylla M. Mizush. ex. T.Shimizu (コシジドコロ)
長野県植物誌によると、コシジドコロは水島・横内両氏によって1956年に長野県で発見され、そのときにこの和名が付けられた (池田 (1997) "ヤマノイモ 科" In  清水監修・長野県植物誌編纂委員会編集、「長野県植物誌」 信濃毎日新聞社、 p1457-1459)。 その後、新潟県南部の南魚沼郡や中魚沼郡から長野 県北部の下高井郡や下水内郡に亘って、さして稀でなく分布していることがわかり、キクバドコロの変種として D. septemloba Thunb var. platyphylla Mizushima という学名がつけられ発表された (杉本 (1966) ”ヤマノイモ科 ”、In 「長野県植物総目録二十五」  長野営林局内林野弘済会長野支部原発行、 杉本植物研究所総括製本、p 16-17)。 しばらく裸名のまま過ぎていたが、記載文が発表され (Shimizu (1997) "新植物名一覧" In 上記 「長野県植物誌」 p 1505-1511)、頭書の学名になった。
写真1A: 葉の形がコシジドコロの特徴を有している株(長野県白馬村沼池尻付近、2010年7月25日)。この地点では、コシジドコロはカラマツ林の中の道路沿いの林縁にごく普通に見られる。道路の法面や伐採跡地に生えている株が多い。しかし、藪の刈り払いや道路の側溝工事のためにツルが切断されている株も少なからずある。

この写真にはコシジドコロのメス株とオス株1株ずつが絡まって生育している状況が写っている。オス花序がたくさん見え、すでにカプセルの肥大が始まっているメス花序も1本、画面中央と左端との中間のあたり、ヤブマオの左側に見えている。開花した株から判断すると、この地点の集団では、雌雄の比はあまり偏っていないようである。この地点では、コシジドコロに近接してキクバドコロとウチワドコロも入り混じって生育している。

写真1B: 上と同じ地点に生えているコシジドコロの別株。この株は下位節の葉もコシジドコロの特徴を持っている (2010年7月6日)。

 

写真1C: 上と同じ地点でコシジドコロと3mほど離れて生えていたキクバドコロ。
コシジドコロとキクバドコロとの違いは葉の形にある。池田(1997)のkeyを要約すると、コシジドコロは葉の質が薄く、裂片の数がやや少なく5個で、裂片の切れ込みが浅く、裂片の先端が太め、などであり、 他の形質…雄花に柄が無く、ウチワドコロと違って葉に毛がなく、カエデドコロと違って葉柄の基部に突起がなく、多くの種と違って葉が乾くと黒変するなど…はキクバドコロとコシジドコロの両者に共通している、となる。
1Bと1Cはそれぞれ典型的な葉の形をしているため区別は容易であるが、コシジドコロかキクバドコロか判定が困難な中間的に見える葉をつけている株もある。

同じ場所から昨年出ていた株の葉は、今年の葉と同じ形をしているため、葉の形の変異は年ごとの環境の変動によって生じている可能性は低いと思われる。

なお、他の多くの植物と同じく、ヤマノイモ属の植物の葉の形態には変異が見られている。日本産の種の中では殊にヤマノイモ・オニドコロ・キクバドコロなどにおいては、個体間にまた個体内でも顕著な変異が見られる。

個体内での変異のうちで大きな因子は葉の位置であり、下位節の葉と上位の節の葉 (特に、分岐した枝の葉)の形態は違いが大きい(例えば、キクバドコロでは Terui & Okagami (1993) Amer. J. Bot 80: 493-499 )。

池田(1997)のkey によれば、キクバドコロとコシジドコロの葉の形態の比較を ”花序がついている高さの葉で” 行うことによって、節の位置の違いの因子を避けて比較し得ると思われる。

写真2: コシジドコロのメス花序(左) と メス花 (右)。


写真3: コシジドコロのオス花序(左) とオス花。
メス花もオス花も、キクバドコロとシマウチワドコロの花との外見上の違いは見つからない。

日本産のヤマノイモ属の他の種に比べると、キクバドコロはメス花は咲いても種子を形成するまでに至る花の割合は低いが、この地点のコシジドコロと思われる株における種子形成の割合もキクバドコロと同じ程度に低い。

 

写真4: 葉の形がコシジドコロの特徴を持っている株 (長野県飯山市鍋倉山 標高約 900m。2009年8月23日)。林内のギャップに、ブナの幹にからまって生えている株を下から撮影。 画面のうちの一番下の葉の葉腋に既にカプセルになっている花序がついている。この花序がこの株の最下節の花序である。ここに写っている範囲の下位節の葉は通常のキクバドコロの葉にやや近い形をしているが、上位節の葉ほどコシジドコロの特徴を持つ。

 

 
この株の下位節 (おそらく 3 - 4 節め)の葉の形はキクバドコロの葉にいっそう似ている (写真 5: 葉の幅は約17cm)。

以下に参考として、いろいろなところのキクバドコロの葉の形を示す。
写真6: 右端の葉の節にはまだ小さいが、雌花序が見える (新潟県越後湯沢七谷切。2006年6月28日)。

写真7: ひとつの株の下位節の葉(A) と上位節の葉(B)、スケールはABに共通。 (千葉市近郊の谷津。2009年9月16日)。

写真8: 同所の別株のキクバドコロの下位節の葉。下位節でもコシジドコロに、と言うよりもカエデドコロに酷似した葉をつけているが、花の特徴と、葉柄の付けに突起が無いこととで、カエデドコロではないことがわかる。

キクバドコロの葉の形態は、これらの写真のように変異が大きい (ウチワドコロ、キクバドコロ、シマウチワドコロの項も参照)。

一般に葉の形態は生育環境によって変化し、水分が多い環境下や光が弱い環境下で生長展開した葉は大きくなり、また、光が弱い環境下では葉は薄くもなる (ラルヒェル著、佐伯・館野訳 (1999) "植物生態生理学" シュプリンガー・東京、p73-75)。 ブナにおける地域差の例なら 小池・丸山 "個葉からみたブナ背腹性の生理的側面" 植物地理・分類研究 46:23-28; その陰葉と陽葉との違いなら 白石・渡辺 (2002) "本州中部山地におけるブナの葉の形態的変化に関する研究" 地球環境研究 4: 23-38、など。

コシジドコロといくつかの地域からのキクバドコロとを同じ環境下で並置生育させ、展葉時の葉の形の変化の様子、葉の冊状組織の厚み、花被の形などをはじめいろいろなことを経時的に比較観察すれば、コシジドコロの特徴がより明瞭に認識できるものと思われる。

コシジドコロは長野県では絶滅危惧植物のリストに挙げられている(IB類)。タイプ標本は北信に接する新潟県の中魚沼郡三俣の清津峡のものであるが、コシジドコロは新潟県では調査の対象にされていないようである。

 

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