ムカゴについて

前 千葉大学 園芸学部 岡上伸雄
 

ムカゴは、伸びるべき芽が伸びずに貯蔵養分を含んだ肥大組織を従えて親植物の地上部に形成され、多くの場合親植物から離れる栄養繁殖器官である。肥大組織の起源や肥大の仕方にはいろいろあり、後にいくつかの例を示すように、その種特有のさまざまな形のムカゴがある。

ムカゴをつける種が多いことがヤマノイモ科の一つの特徴であるが、日本の植物の中で他にどんなものがムカゴをつけるかについては井上の一覧表がある (井上 (2007)"散布型クローナル成長(ムカゴ・殖芽など)植物における分散と空間構造:非散布型クローナル成長(地下茎・匍匐枝・送出枝)植物との比較" 日本生態学会誌 57: 238-244)。

日本ではムカゴはよく目につくが、ヨーロッパでは目にする機会が少ないらしく、1922年から3年間東北大学に滞在したオーストリアの植物生理学者のハンス・モーリッシュ(のちにウィーン大学総長)は、仙台の郊外の野山でムカゴをつける植物を見て珍しがり、ムカゴの生理学的な研究を行うことを日本人研究者に勧めたとのことである (中島庸三氏よりの私信)。そのときそれに従った研究は行われなかったものの、ナガイモやヤマノイモについての研究 (Nakano & Kinoshita (1942) "Uber die Entstehungsbedingungen der Luftknolchen von Dioscorea batatas und ihre characterische Ruheperiod" Jap. J. Bot. 12: 237-249); 澤田 ・ 八鍬 (1955) " 長芋のムカゴ形成に関する研究 I. ムカゴの形成に対するツルの方向の影響" 園学雑 24:85-92")、またシュウカイドウでは規格化した植物体を用いた研究 (Esashi & Nagao (1958) "Studies on the formation and sprouting of aerial tubers in Begonia evansiana Andr. I. Photoperiodic conditions for tuberization" Sci. Rep. Tohoku Univ. 4th Ser.(Biol.), 24: 81-88)を 皮切りにして、生理学的な立場でのムカゴの研究は日本で多くなされて来てい る。これらの一連の研究により、ムカゴの形成と花成とのあいだの、またムカゴの休眠とイモや種子の休眠とのあいだの、類似点や相違点などが明らかにされている。

発芽し成長する芽は、種子なら花芽形成・減数分裂・受粉・種子形成という過程により形成された胚 (zygote embryo)であるが、親植物のクローンであるムカゴの場合には親植物の芽であったものそのものである。そのため、ムカゴの形成をもたらした環境要因などの作用が、種子におけるよりはダイレクト に、ムカゴの大きさや休眠状態や発芽の過程に影響を残していることが予想される。

ムカゴと同じように芽が休眠する器官としては、樹木の冬芽やイモがある。 それらに比べると、ムカゴは小型であり、多数を採取することが出来、均一なものを得やすく、シャーレで培養できるなど実験上取り扱い易い。

これらの点を生かして、光周性、植物ホルモンなどの成長調節物質の作用や分離同定、光質・温度・酸素のような環境要因の作用などについての研究が行われている。

殊に、短日条件によってムカゴが形成されることが明らかにされたシュウカイドウでは、短日を感じた葉で生じた短日刺激の作用を、ムカゴの大きさや休眠 の深さなどにより定量的に把握することが可能であり、短日環境の受容から形態形成までの間の過程の解析がなされている(Esashi (1960) "Studies on the formation and sprouting of aerial tubers in Begonia evansiana IV. Cutting method and tuberizing stages"  Sci. Rep. tohoku Univ. 4th Ser. (Biol.) 26:239-246、など)。 花芽形成の場合には、光周性のかかわりかたをムカゴにおけるように捉えることは困難なことが多い。

このような研究上の利点をもつ一方、ムカゴは自身でいつでも数十%の水分を 保持しているため、休眠中でさえも休眠状態を維持するためのいろいろな代謝 が時々刻々動いており、種子のように乾燥状態で代謝を止めて長期間保存することが出来ず、時を違えて繰り返しの実験を行うときに同じ生理状態の試料を得難いという不都合な点もある。

一方、種子とは異なるタイプの繁殖器官という点では、ヤマノイモなど生態学的な立場の研究対象にされているものもある (Inoue et al. (2005) "Development and characterization of microsatellite markers in a clonal plant, Dioscorea japonica Thunb." Mol. Ecol. Notes, 5:721-723; Inoue et al. (2005) "Sexual and vegetative reproduction in the aboveground part of a dioecious clonal plant, Dioscorea japonica (Dioscoreaceae)" Ecol. Res. 20: 387-393)。

以下にいくつかの種のムカゴの形態、形成条件などについて記し、ムカゴの休眠性の一般的性質とそれの種子との違いを述べる。
 


 
シュウカイドウ Begonia grandis Dryand. または Begonia evansiana Andr.


ムカゴと言えば、自然の野山ではヤマノイモのものを、庭ではヒマラヤ東南部原産で日本には園芸植物として移入されたこのシュウカイドウのものを目にすることが多い。

まず、この植物は左の写真に見えるように、梅雨の頃にオス花とメス花が咲く(雌雄同株)。黄色い葯が見えるものがオス花、ぶら下がっている三角稜状の子房をもつものがメス花である。

ムカゴは、右の写真のように、秋になると節ごとにたくさん出来る。親植物についているときには緑色を残していることが多いが、親植物から落下して地上に落ちると黒褐色になり、越年し、翌春に発芽しことさら手を掛けずとも容易に育つ。

ムカゴの形成は、約 13.5 時間の限界日長よりも短い日長の短日条件を5回連続して受けると始まる (Esashi & Nagao (1958) Sci. Rep. Tohoku Univ. 4th Ser.(Biol.), 24: 81-88)。自然状態 (仙台)では8月20日頃の日長で形成が始まる。シュウカイドウの場合、腋芽の茎の周りが均等に肥大してムカゴが形成される。頂点の芽に続いて、頂点から基部(親植物への付着点)に向かって、いくつかの芽が、大きなムカゴでは7-8個、葉序の並びでついている。頂点の芽が失われたときには、ジャガイモのように、すぐ下位の芽が発芽する。

オス花とメス花の花芽形成も日長に支配されているが、それぞれ限界日長は異なり、自然状態では6月下旬にオス花、7月中旬にメス花が見え出す。

晩秋になると三角稜状のカプセルの中に粉末のように細かい種子がたくさん出来る。細かな種子を実験室で発芽させ数年がかりで大きな植物体にまで育てることは可能だが、花壇の周囲の自然状態で種子から生じたと思われる芽生えが生き残ったのを確認したことはない。

多年生草本であり、地下には塊茎を作り越年する。地下塊茎の形成には、地上部が受容する日長はかかわっていない(Esashi & Nagao (1958))。

ムカゴ形成植物の中では、切り枝が容易に培養できたり、葉を一定の大きさに切りそろえて規格化したりすることが可能なため、ムカゴの形成や休眠の機構に関する生理学的立場の研究が最も多くなされている植物である (上記の文献 からはじまり Plant Physiol. 51: 504-509 (1973)、Planta 136: 1-6 (1977) あたりまで)。

なお、ヤマノイモ科と同じく、内生および外生ジベレリンが休眠を深める「ジ ベレリン誘導休眠」の性質をシュウカイドウのムカゴも持っている。
 


 
ニガカシュウ Dioscorea bulbifera L. forma vera Prain et Burkill


別項に記したヤマノイモのように、腋芽の軸の周りが不均一に、親植物の軸からは遠い側が肥大するため、出来あがったムカゴのやがて発芽する芽と親植物への付着点は近接している。

写真左の緑矢印がやがて発芽する芽、オレンジ矢印が親植物への付着点。ムカゴの芽は、ニガカシュウでもナガイモでもヤマノイモでも、たいてい2個接近して並んでおり、ムカゴの本体の大部分を占める他の部分には突起状の根の原基は分布しているものの、芽の原基はついていない。このあたりの外部形態の詳細は Goebel (1904) "Die Knollen der Dioscoreen und die Wurzeltraeger der Selaginellen, Organe, welchen Wurzeln und Sprossen stehen" Flora 95: 167-212 のp176-179 の辺に見られる。また、芽の原基がない部分からの不定芽発生の頻度とムカゴの極性との関係については Burkill の brief note がある (Burkill (1911) "The polarity of the bulbils of Dioscorea bulbifera Linn." Journal & Proceedings of the Asiatic Society of Bengal, New Series, Vol. VII. 467-469. )。

ニガカシュウ、ヤマノイモ、ナガイモなどでは、小さなムカゴの断面を見ると親植物とムカゴの芽をつなぐ管束がムカゴの中央を通っている。大きく肥大し終わったムカゴでは、この管束はムカゴの芽の近くに局在している。
 


 
ムカゴイラクサ Laportea bulbiferum L.

林の中に少し入った暗い環境に生えていることが多い多年生草本であり(写真 左)、一つの個体が茎頂にメス花序 (この写真では既に果実をつけている)、 そのすぐ下の数段の葉腋にオス花序 (この個体では落下して見えていない)、 各葉腋にムカゴ、地下には紡錘型の越年器官を作る。種子には発芽能がある (Tanno (1983) "Blue light induced inhibition of seed germination: The necessity of the fruit coats for the blue light response" Physiol. Plant. 58: 18-20.)。

オス花、メス花、ムカゴ、いずれも短日条件で形成されるが限界日長や最適日長は異なり (植物の化学調節、2:121-124 (1967))、オス花は8月中旬に、メス花は8月下旬から見え出す。

草丈が50cm以上の高さになった8月初旬頃、各葉腋に直径2-3mm程度のムカゴの前身状の小さな組織が形成される。これは、日長に関係なく連続光下でも形成される。この組織は、親植物との間に離層を形成せず、湿度が高い環境下や、 もし茎が地上に横たわった場合には、細長く変形して伸び出し根になる。しか し、限界日長約 14 時間ほどの短日条件を与えられたときには肥大し出し、や がて親植物との間に離層も形成されムカゴになる。自然状態では9月の初め頃にムカゴが見え出し、9月末までには完成する。一本の個体が作るムカゴの数は、 シュウカイドウやヤマノイモ科の多くの種に比べて格段に少なく、せいぜい10 個ほどであり、大きさや成熟度のばらつきが少ない。

ヤマノイモやニガカシュウと同じく、腋芽の軸の周りが不均一に肥大するため、親植物との付着点と芽が接近している。芽がムカゴの本体から突き出ていることがこのムカゴの特徴である(右の写真)。右下の写真の右側は出来たばかりで休眠中のムカゴで芽が突き出ている (左側は休眠から醒めて発芽しだしたムカゴ)。ムカゴの休眠における芽と肥大部の役割を知るために、芽の器官培養が行われている (Tanno (1977) "Dormancy in Laportea bulbils: experiments with buds cultured in vitro" Plant and Cell Physiology 18: 869-874.)。シュウカイドウやヤマノイモ科のムカゴとは異なり、ジベレリン誘導休眠性はもたず、通常の多くの植物と同じようにジベレリンによって容易に発芽し出す(Bot. Mag. Tokyo 92: 39-58 (1979))。


 
コモチミヤマイラクサ Laportea cuspidata (Wedd.) Friis forma bulbifera (Kitam) Fukuoka et Kurosaki


ムカゴイラクサと同じイラクサ科の多年生草本。 ムカゴをつけない母種ミヤマイラクサの、ムカゴをつける forma であり、新潟県の能生をはじめ日本海岸沿いの限られた地点にだけ生育している (福岡、黒崎 (1995) "コモチミヤマイ ラクサ(イラクサ科) について" 国立科博専報、28: 87-90)。平慎三氏によれば、この他に富山県にも分布している(写真左、富山県下新川郡 2001年11月 11日)。ムカゴイラクサと同様に陰地を好んで生育している。コモチミヤマイラクサの生育地には、ムカゴイラクサも生えていることが多い。メス花、オス花、ムカゴとも、ムカゴイラクサとほとんど同じ時期に形成されている。

しかし、ムカゴは、ムカゴイラクサのような球形のきれいな形のものはまれであり、写真に見られるように、ほとんどのムカゴの形は整っていない。発芽するべき芽の位置もさまざまである。いくつかのムカゴが癒合したのではないかと思われるような形のものが多い。 また、親植物との間に離層が出来ないムカゴが多く、そのため多くのムカゴは親植物から離れて落下することがない。晩秋に枯れた親植物の茎が地際から倒れるのに伴い、高位に着いているムカゴほど離れたところの地面に接し、翌春発芽する。このやり方でおそらく斜面の上方へも散布が可能になっているのではなかろうか。

 
 
ウワバミソウ Elatostema japonicum Wedd. var. majus (Maxim.) H.Nakai et H.Ohashi

ウワバミソウもイラクサ科であり、日陰の水辺や水が浸出しているところに群生している (写真は富山県下新川郡、11月11日)。 同じイラクサ科の上記 2 種とは大きく異なったやりかたでムカゴを形成する。親植物の茎の節 (親植物の腋芽がついている) が肥大し、肥大した節と親植物の茎との間に離層が形成されて親植物と離れ、また親植物の葉との間にも離層が形成されるため葉もとれ、独立したムカゴとなる (写真の赤いマーク線の部分に離層が出来る)。 葉との間の離層の形成は遅れるので、親植物由来の葉を1枚つけた状態のムカゴもあり、そのようなムカゴは水に浮き運ばれる。

ムカゴには、休眠が醒めたあとに発芽する芽がいくつかついている。親植物の葉 (互生) の葉腋にあった腋芽一個が見えている (緑矢印1st)。その反対側 (もし葉が対生だったならばその葉の葉腋の位置)にも、小さな芽がついている (緑矢印 2nd)。まず大きなほうの芽が発芽し、もしそれが欠けたときには小さな芽が発芽する。

雌雄異株で花は春から初夏に咲く。ムカゴの形成は短日条件下で進み、8月末頃から節が肥大し始める。全体にやや小ぶりで南日本に分布している近縁のヒメウワバミソウ (Elatostema japonicum Wedd. var. japonicum)も同様の季節に同様のやり方でムカゴを作る。ムカゴもウワバミソウのものに比べると小さい。

ウワバミソウとヒメウワバミソウのムカゴは、同じイラクサ科のムカゴイラクサやコモチミヤマイラクサのムカゴと同様に、低温処理により休眠が打破され発芽するが、完全に休眠が打破されるのに必要な低温の期間は、前2者のほうが短い。また、前2者においては、光照射が一部分低温の替わりになり得る。この光の効果は光週性によるものではなく、トータルの光量に依存するものである。

なお、節が肥大する際には、独特の様式で細胞が分裂することが観られている (木村 (2003) "零余子 (むかご)" 宮城の植物 28:48)。 木村によると、 ウワバミソウの節の肥大は、表皮の下の皮層の柔細胞が大きくなりやがて分裂することにより行われるが、この分裂の様式は通常の様式ではなく、花粉形成とか内乳の形成のときと同じように、まず核が2回か3回分裂して多核になり、 その後、細胞壁がいっせいに形成されて多細胞になるということである。

山菜として食用にされているが、ことに、全草に含まれている粘質物が好まれることが多いようである。この粘質物のためか、水不足で葉が激しく萎凋しても回復力が強い。

ジベレリン誘導休眠性は持っておらず、ジベレリン処理により急速にムカゴは発芽する。

 
 
コモチマンネングサ (Sedum bulbiferum Makino)

盛夏には地上部が枯れる多年生草本(ベンケイソウ科)であり、市街地の道路わき、花壇の縁などによく見かける (栃木県下都賀郡渡良瀬遊水地、2009年5 月26日)。 舗装道路上にパッチ状に堆積した土壌のような乾燥気味のところに進出していることも多い。

 
この植物のムカゴは上に記してきた植物のムカゴとは全く異なった休眠性をもち、長日で休眠し短日で発芽する珍しい例である。

また、ムカゴとは言いづらい感じのムカゴらしからぬ形態をしており、葉をつけた状態の腋芽が伸長せずに親植物から離れたものである。 ことさら肥大している部分はなく、葉がやや厚くなっている程度である。

この植物のムカゴは限界日長が14時間前後の長日条件下で形成される (Plant Science 58: 129-134 (1988))。自然状態では、4月末から5月初め頃 から形成が始まる。もしこの時期に人為的に限界日長以下の日長に置くと腋芽はムカゴにならずに伸長して枝になり、栄養成長を続ける。

長日条件下ではムカゴの葉は徐々に大きくなるとともに、葉 (対生) の枚数も増えてニ対4枚に なり、このほかに先端にも小さな一対2枚の葉(左端のムカゴのように、ムカゴ の中央に濃い緑色の点状に見える)がある。結局このようなムカゴの場合、先端を含めて節は3つ、節間は2つもつことになる。7月初旬には親植物の地上部は 枯れ、ムカゴは地上に散布される。

散布されたムカゴは、地表に在る場合には秋口以後の日長を短日条件として受容して発芽する (限界日長は13時間前後、最適日長は約8-9時間)。 連続暗でも発芽するため、地中に入ったムカゴも発芽する。

ムカゴの発芽は、節間の伸長により行われる。発芽に際して主として伸びるのは2つの節間のうち上位の節間である (短日発芽)。

コモチマンネングサのムカゴはジベレリン誘導休眠性を示さず、ジベレリン処理により発芽するが、その場合には下位の節間だけが伸長する (ジベレリン処理発芽)。

親植物がもつ地下の芽は、おそらく温度により制御されているらしく、地温が 15度以下になる頃に、ムカゴの発芽時期とほぼ同じ頃に地上に芽を伸ばす。

同じ科の観葉植物キンチョウは、葉の縁に小さな植物体を形成し、これが落下して生長するが、この形成も長日条件により行われる (岩崎 (1967) "Bryophyllum tubiflorum HARV. の不定芽形成およびこれにおよぼす環境条件 の影響" 園芸学会誌、31: 95-97)。キンチョウの場合、落下した小さな植物体が地上で生長する際には、日長は関わらないもようである。

なお、キンチョウの小植物体は親植物についているときに既に発根していることが多い。コモチマンネングサの場合にも、7月初旬にムカゴが成熟して親植物の茎が地上に倒れたときには、親植物についたままの状態でムカゴの基部から発根することはある。ただし、その場合でも芽は発芽しない。

 
(続く)

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