D. japonica Franch. et Savat. ex Murray (ヤマノイモ)
ヤマノイモは、日本の野生のヤマノイモ属の中では最も親しまれている種だろう。市街地から里山にごく普通に生え、山と言ってもあまり深いところではなく人家に近いところに多いため、中尾佐助氏は史前帰化植物である可能性を指摘している(上山春平編:照葉樹林文化 p93-95 中公新書 (1969))。

左はメス株。市街地の街路樹の支えの焼き杭にからまり、メス花序が下垂しているのが見える。右はオス株。 オスの花序は上方や横に向かって伸びる。双方の株に、まだ未熟で小さいがムカゴが形成されているのが見える。直径が2mm 以下の小さなムカゴは光を照射すると発芽するが (光発芽段階)、成熟して大きくなったムカゴは光は無関係になり発芽のためには低温が必要となる (低温要求段階)。ムカゴの成熟の進行による休眠性のこのような変化は、他の多くのムカゴ植物にも同じように見られる (Bot. Mag. Tokyo, 92: 39-58 (1979))。 松戸市二十世紀丘、2001年9月5日。

 

左はメス花序。バックは 5mm 方眼。メス花序は下垂し、花も下を向いて(花序の先端方向を向いて)咲く。他の種は花後反転して上を向くが、ヤマノイモは下を向いたままであり、Enantiophyllum 節の特徴である。仙台市青葉区、8月30日。

中央の写真はカプセル。カプセルになっても下を向いたままであり、カプセルが開いたあとに、風を受けずとも種子は容易に散布される。種子は他の種の種子に比し軽く、空中の滞留時間は長い。なお、このメス株の近くにはヤマノイモのオス株はなく、近縁のナガイモの雄花の開花時期も終わっている。しかし、この一株のメス株がつけた数百個のメス花のうち、十個ほどがカプセルになり種子をつけた。ナガイモにおいて観察されているメス花から両性花への変化(Terui et al. (2003) "A rediscovery of androdioecy and pollen formation in the hermaphrodite flower in Nagaimo (Dioscorea opposita Thunb.)" Jour. Jpn. Bot. 78:183-190)が、ヤマノイモのメス花でも起きている可能性がある。仙台市青葉区2007年11月5日。

右の写真はオス花序。オス花序は上を向いて出る。 鹿児島県姶良郡、8月1日(ヤマノイモのオス花序の出現時期としては早いほうである)。

 

左の写真はツルに付いているムカゴ。ムカゴは伸びるべき腋芽が伸びずに貯蔵養分を蓄えて肥大し、親植物から離れてやがて発芽する。ムカゴと親植物とが接続している部分(付着点)とやがて発芽するムカゴの芽(もともとは腋芽の先端の芽)は接近していて、2mm ほどしか離れていないため(右下の写真)、ムカゴが親植物に付いているときには、発芽する芽は陰に隠されていて見えない。

付着点と芽が近いのは、腋芽の先端と付着点をつなぐ腋芽の軸の周りが平等に肥大してムカゴが出来上がるのではなく、腋芽の軸の背軸側(この背軸の軸は親植物の軸)が、言い換えると親植物の茎から遠いほうの側が、おもに肥大することによるためである。 ナガイモも、日本に自生しているにニガカシュウでも、同様なやりかたで肥大するため、付着点と発芽する芽は接近しており、ムカゴが親植物に付いているときには、やがて発芽することになる芽は見えない。 しかし、ニガカシュウでは品種により異なり、ムカゴの軸の周りが平等に肥大するものもあり (メキシコ産など)、そのようなものの場合には付着点の対極側に発芽する芽があるため、ムカゴが親植物についているときにもやがて発芽する芽は点状に見える。

親植物から離れて時間がだったヤマノイモやナガイモのムカゴの付着点は見つけにくいが、ニカガシュウでは離層が長期間そのまま残るため見つけやすい。

なお、やがて発芽する芽を、これらの種では通常2個備えている。(写真の1st と 2nd)。このムカゴでは、休眠状態が幾分破れているため一番目の芽は既に発芽している。たくさんある突起状のもの(ピンク矢印)からは1本ずつ細い根が伸び出す。この突起が根であることは、切って断面をルーペで眺めるとムカゴの表層ではなくやや内部から生じていることで判断できる。休眠状態のムカゴからは芽はもちろんのこと根も伸び出さないが、休眠打破の条件は芽と根では異なっている。

標準的な大きさのヤマノイモ一株(メス株、但し花を数個着けた花序を1本だけ形成し、どの花も果実になっていない。)が成長を終えた11月中旬に、ツルについていたムカゴを全量採取し(400個弱、総生重量約250g。採取までに中程度の大きさのものを十数個失った。)、一個ずつの重量を測定し、0.2g 刻みで階級化し、各階級に含まれるムカゴの個数をグラフに示した。 半数弱が一個当たり 0.4g ~0.8g の範囲に入っている。

これらのムカゴ (階級あたり 30~40個)に人為的に低温処理をして休眠を打破して圃場に播いたところ、いずれの階級のムカゴもほぼ全数が発芽した。周囲から侵入する雑草 (メヒシバ、ハコベホウズキなどが主力) を除去せずに、ムカゴの芽生えを継続して圃場で生長させたところ、最も軽い階級(0.2g 未満)からの芽生えは晩秋に地上部が枯れるまでにだいぶ個体数が減ったが、それ以上重い階級 (0.2g以上の重さ) のムカゴからの芽生えでは、地上部はほとんど の個体で晩秋まで生き残った。しかし、地上部は残っていても地下部に越年できるほどの大きさのイモが形成されていない株が、軽い階級には多かった。越年したイモから翌春発芽した個体は生育中に雑草に被隠されて数が減じ、秋まで残った個体の割合は、0.2g 以下のムカゴでは当初播いたムカゴの 30% ほどになったが、 今回実験した 1g までの範囲では、重いムカゴほど生存率が高い。

上に記したムカゴを採取したものとは異なる株から採取した種子であるが、生存率を観察してみた。種子はムカゴほどには大きさや重量にさほど差が認められないため、分けずに行った。種子に吸水させて低温処理を施したあとに圃場に播くと、 6 月初めまでに約 1/4 が地上に芽を出したが、芽生えは小さいため 7月以降には雑草に被隠され、晩秋に地上部が枯れるまでに越年可能な大きさのイモを地下部に形成した株は一株だけだった(播種した種子は53個)。また、発芽するも地上に芽を出さずに種子の貯蔵脂質を多糖に変えてイモを形成することは、この科のいくつかの種では行われているが、この種はやっていなかった。なお、標準的な大きさの一株のヤマノイモに形成された種子の全数を勘定したことがあるが、6,500 個(枚?)ほどであった。

なお、雑草の侵入をさえぎり、適時に潅水を行えば、最も軽い階級のムカゴでも、また種子でも、発芽したほぼ全個体がイモを形成して越年する。

実際の自然環境下でのムカゴと種子の繁殖貢献度については井上らにより、風やネズミの関与をはじめ多くの実証研究がなされている (Inoue et al. (2005) "Sexual and vegetative reproduction in the aboveground part of a dioecious clonal plant, Dioscorea japonica (Dioscoreaceae)" Ecol. Res. 20: 387-393。井上 (2007) "散布型クローナル成長(ムカゴ・殖芽など)植物における分散と空間構造 : 非散布型クローナル成長 (地下茎・匍匐枝・送出枝) 植物との比較"  日本生態学会誌 57: 238-244.など )。

 

左がメス花。 花被は外側の3枚と内側の3枚とに分けられる。花被の開きは、ほぼこれで終わり、もっと開くことはない。隙間から柱頭が見える。退化雄蕊は6本あり、そのうち3本の先端は柱頭の先端近くに位置する。退化雄蕊の先端は褐色を帯びているものが多い。

右はオス花。もう少しは開くが、花被が広がって開くことはない。

このヤマノイモの花に寄生する小さな昆虫のアザミウマと送粉に関する詳細な研究は、Inoue et al. (2005) らにより報告されている (Inoue at al. (2005) "Thrips (Thysanoptera: Thripidae) on the flowers of a dioecious plant, Dioscorea jponica (Dioscoreaceae)" Canadian Entomology 137: 712-715 (2005))。

上記の井上らの論文によれば、ヤマノイモの花には甘い感じの匂いがあるとのことである。

 

日本産ヤマノイモ科の表に戻る

ホームに戻る