熱帯産ヤムの育種 | |
東京農業大学 国際食料情報学部 志和地 弘信
国際熱帯農業研究所 (IITA) 菊野 日出彦
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1.歴史
熱帯産ヤムの育種は,在来品種の栄養系選抜や種間交雑の交配技術についての研究が1975年以降にいくつか報告されているものの,実用的な育種は近年になるまで行なわれてこなかった(Sadik and Okereke 1975, Akoroda 1985a)。品種の育成や病害虫抵抗性の付与を目的とした育種事業は,国際熱帯農業研究所 (International Institute of Tropical Agriculture: IITA)や,幾つかのアフリカ諸国の農業研究機関で行なわれており,IITAはその中で最も組織的かつ継続的に育種事業を行なってきた機関である。アフリカ以外では, インドのTrivandrum に在る Central Tuber Crops Resarch Institute(CTCRI)と台湾の行政院農業試験場がヤムイモの生殖や育種について研究を行なっている(行政院農業委員会 1989,Abraham and Nair 1990)。 IITAにおいて当初行われていた育種は収集した在来品種を用いた栄養系選抜である。西アフリカで最も重要であるホワイトヤムを初めとして,ダイジョやイエローヤムが対象であった。Edem(1975)は1957〜1964年にかけてナイジェリアで行われたホワイトヤムの収量試験をまとめた。これは後に品種交雑のための基礎資料となった。IITAに おいては1987〜1989年にかけて,保存している遺伝資源から高収量の在来品種を選抜している(Asiedu et al. 1998)。 表1にナイジェリアにおけるホワイトヤムの収量について記した。 同じ品種でも収量は地域によってバラツキがあるため,品種は地域環境に適応するものを選ぶ必要がある。 |
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ヤムイモは雌雄異株であることや種によってはほとんど花をつけないことから,育種が困難であると言われてきた。IITAでは,開花が稀少,開花系統が少ない,雄花と雌花の開花時期が一致しない,受粉が上手くいかないなどといった交配育種における制限要因について研究を行ってきた。 開葯の時間,花粉の寿命,柱頭の感受性などをそれぞれの種で調べて,受粉期間の延長,開花期間の同調化が高められたことにより本格的な交配育種が開始された(Asied et al. 2003)。 現在では,ホワイトヤムやダイジョの種内交雑育種ばかりでなく,ホワイトヤムやダイジョおよびイエローヤムなどの種間雑種の育種が行われている。
IITAでは,収集保存されているこれらのヤムイモの中から収量に優れる開花系統を選抜して人工交配が行われてきた(IITA 1995)。その結果,焼畑において 13t/ha程度の収量が見込めるホワイトヤムの高収量品種が,2001年に3品種 (TDr 89/02677,TDr 89/02565およびTDr 89/02461),続いて収量および品質に優れる4品種(TDr 95/19158,TDr 95/ 18544 など)が2004年に配布されている(志和地 2005)。また,2008年にはダイジョの4品種(TDa 95/01166, TDa 95/01168, TDa 95/00240, TDa 99/01176)の配布が開始されている。 一方,少数ではあるが,農家レベルで野生種からの選抜(栽培化)が西アフリカの地域で伝統的に行なわれている。例えば,ベナンやナイジェリアの農家で は,ホワイトヤムの栽培化を行っており,3〜14%の農家で野生種の栽培化を行っているという報告もある(Vernier et al. 2003)。これらのヤムイモ野生種は,村の近くの茂みや森から採取されている。栽培化の期間は15年程度かかる場合もあるが,一般には3〜5年と言われ,ベナンでは二度掘りに適した早生品種が主に選抜されてきている(Mignouna and Dansi 2003)。 また,栽培化を行なっている多くの農家は新品種を作ることについて,遺伝資源の多様性を高める利点の認識を有している。現在,この野生種の栽培化の試みは減少してきており,特に商業的なヤムイモ生産が十分に発達した地域ではほとんど見られなくなった。そのため,これまで多くあった在来品種が,病害虫の被害や低い増殖率などによって喪失の危機に直面しており,在来品種のほとんどが消失してしまった地域もある。また,ヤムイモの栽培化の過程についての科学的な知見は未だ十分でないことから,この課題について今後更なる研究が必要とされている。 |
2.開花の生理と交配方法 | |
(1)開花生理
栽培されているヤムイモには,全く花芽を形成しないものから多く分化させるものまである。ダイジョ,カシュウイモ, イエローヤムそしてホワイトヤムは一般的に雌雄異株である。しかし,ホワイトヤムの中には,雌雄同株のものも存在し,ダイジョにおいては,雄花よりも雌花が少なく,また,その多くは不稔である(Martin 1976)。ホワイトヤムにおいてin vitroでの花粉の発芽率は 0.3〜85%であり(Akoroda 1985a),ダイジョの幾つかの品種では20〜98%までの幅がある。 ナイジェリアのイバダンにおけるヤムイモの花芽形成時期は,ホワイトヤム, D. praehensilis,D. abyssinica,bitter yam,D. burkilliana,カシュウイモでは6〜7月,ダイジョとイエローヤムで8〜11月である(Asiedu et al. 1998)。花芽形成の頻度とそれに続く結果や結実は茎葉の大きさによって影響を受け,茎葉の大きさは植え付け時の種イモの大きさや植物体の生育状態,葉の茂り具合や更に土壌の状態によって左右される(Akoroda 1983)。つまり,花芽の誘導にはある程度の大きさの茎葉を確保することが重要である。 ナイジェリアにおいて,イエローヤムの幾つかの品種では雄花の開花が最も盛んな時間は正午の12時の少し前から午後1時までの1時間程である。イバダンにおける各種の開花時間については Bai によってまとめられている(表2) (IITA 1993)。 |
(2)授粉 | |||
人工授粉は,尖ったペン,ピンもしくはピンセットの先端を用いる。雄花から葯を切除し,その葯を雌花に挿入し,柱頭にやさしくこすって授粉を行なう。 授粉の成功率は開花期の初期に高いため,雌花への授粉は袋がけの後1週間以内に行ない,午後2時ごろに採取された花粉を用いることを勧めている (Akoroda 1983,1985a)。 ホワイトヤムの種内交雑やホワイトヤムとイエローヤムやD. praehensilisとの種間交雑に関する研究によれば,雌雄同株の花から得られた花粉は,雌雄異株の花粉より稔性が劣っており,また,ホワイトヤムとD. praehensilisとの種間交雑は,ホワイトヤムとイエローヤムとの組み合わせより,より多くの果実や種子を形成した(Akoroda 1985b)。 現在,IITAにおいて種間交雑などを行う場合は,開花時期が種によって異なることから,冷凍保存してあるそれぞれの種の花粉を用いて人工授粉を行っている(写真1,2,3)。 |
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写真2.交配作業後の袋かけ (IITA)
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写真3.交配された株
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(3)果実と種子
ヤムイモでは,未熟胚や未熟種子などが多いことが示すように,ある程度の不和合性がある。ホワイトヤムの交雑率は,授粉を全く行なわなかった場合には 0%であったが,近縁の個体間との同胞授粉や他家受粉では20%であった。また,ラノリンに溶解した植物ホルモンのベンジルアデニンで処理したものでは交雑率は27%に増加したという報告もある(Wilson 1982)。 IITAでは,種子の発芽における制限要因について研究がなされ,多くの種子は,交配の成功率の低さと不完全な登熟によって,胚もしくは胚乳が欠落していることが明らかにされている(Sadik 1975)。 ヤマノイモ属の種間交雑では,果実や種子の形成率は高くはないが,ホワイトヤムとD. praehensilisの交配では,果実の形成率は46%であり,ホワイトヤムとイエローヤムとの交配よりは高い割合であった(Akoroda 1985b)。 種子の活力は,常温での長期貯蔵では低下すると言われている。常温下で休眠が覚醒した種子(3ヵ月貯蔵後)では,播種後3週間目でその発芽率は80〜90%であったが,1年間の常温貯蔵を経た種子の発芽率は30〜40%に低下した。なお,ヤムイモの種子は,長期間低温で貯蔵することが可能である(写真4,5,6,7)。 |
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写真4.ヤム種子 (IITA)
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写真5.交雑種子の萌芽 (IITA)
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写真6.育苗 圃場 (IITA) |
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写真7.種子由来のイモ (IITA)
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3.育種と改良品種の特徴 | |||
IITAではヤムイモの品種改良の対象となる農業生態環境を,主に低地サバンナ地域(lowland savanna)としている。したがって,この地域で優れた適応性を 示した供試品種(clone)が育種計画で用いられる。交配の組み合わせは,近年では起源や農業生態系,原産国もしくは品種の系譜に基づいて以下のように類別されている。 また,例えばダイジョの持つ炭疽病抵抗性やホワイトヤムの高品質のイモや複数のイモを形成するといった特殊な特性を導入する目的のために育種材料とし て用いている個体群もある。多くの交雑品種は種内間交雑のものであるが,ホワイトヤムやイエローヤム,D. praehensilis,D. burkillianaなども交雑素材 として用いられている。 各地域の選抜試験で得られた優良種苗群は,次の段階で,各国との共同計画によって品種として選抜される。共同計画による選抜試験は決められた調査項目にしたがって,栄養系(clone)や栄養系の株立ち,一本植え試験や予備的な収量試験が行われ,更に収量試験(Advanced yield trial)や条件が統一された収量試験(uniform yield trial)の段階では,無作為の完全型試験 (randomized complete block design)が通常3〜6回行なわれる。また収量試験では,支柱の有る場合と無い場合の両方の条件が与えられている。 幾つかの在来品種を比較基準として行なった交配品種の選抜試験の結果について表3,4に示した。 |
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育種目標は,高収量,病害虫抵抗性(線虫など),ウイルスおよび炭疽病抵抗性,また,イモの特性(形状,食用とするときの品質)などである。また,ダイジョは,安定した高収量と優れた特性を持つ素材として期待されている。 選抜試験における調査項目は以下のとおりである。 A 初期生育 B 病気 C 害虫 D 形態的・生理的特性 E 収量 F イモの品質 |
4.現在の育種目標
ヤムイモは栄養繁殖によって増殖するために種子伝染性の病気が蔓延し問題になっている。特にウイルス病,炭疽病および土壌線虫による被害が大きいと見られている。 IITAではこれらの抵抗性品種の育種を進めており,これまで幾つかのウイルス抵抗性系統を見出している(IITA 2001)。ダイジョの炭疽病の抵抗性品種は見出されていないが,準抵抗性を示す在来種の選抜が行われている。土壌線虫の防除には薬剤の使用がもっとも有効であるが,高価なことと入手が困難なことから農家での利用はほとんどない。Bitter yamはネコブセンチュウに対して抵抗性を示すことが明らかになり,主要なヤムイモであるホワイトヤムやイエローヤムへの抵抗性因子の導入が期待されたが,これらとの交雑が難しく抵抗性品種の作出は成功していない。 ウイルス病抵抗性品種や土壌線虫抵抗性品種の開発はようやく緒についた段階であり,また,乾燥地に適応する早生品種の開発は未だに遅れている。焼畑式農法に適する肥沃な土地が年々減少している現在では,短い休閑期間に栽培可能で施肥反応に優れる早生品種の開発や作業量を軽減し,集約栽培に適する品種の開発も期待されている(志和地 2005)。 |
引用・参考文献
1) Abraham, K. and S. G. Nair 1990, Floral biology and artificial pollination in Dioscorea alata, Euphytica 48:45-51. |