Dioscorea Research 2 (2020) について

 ヤマノイモ科(Dioscoreaceae)は400〜500ほどの種からなるとされています。分布の中心は世界の湿潤熱帯ですが、いくつかの地域では、高緯度や高山などの寒冷な地にまで、かなりの数の種が進出しています。これらの様々な種を対象として、農学、薬学、園芸学、植物学など、いろいろな立場と切り口で、日常的な観察から最新の分子遺伝学的技法や微量分析技術などをも用いて、多岐にわたる研究が世界中でなされています。特に最近は、これまで対象にされることが少なかったヨーロッパや南米の種についての研究が増えユニークな成果が出されており、Dioscoreaは注目度が増している植物群になっている感があります。
 このような背景のもとに周囲のDioscorea研究の発展を見るとき、RGDPでは1998年のNo.1に続くDioscorea ResearchのNo.2を編むこととし、2018年秋から編集作業をはじめ、諸情勢でだいぶ遅れましたが、12の報文からなる冊子をこのたび印刷発行致しました。以下に内容などを簡単に紹介します。

書名 Dioscorea Research 2 (2020),発行人Research Group of Dioscoreaceae Plants (RGDP),正編集発行世話人 丹野憲昭,副編集発行世話人 岡上伸雄,印刷所 坂部印刷株式会社(山形市),発行日 2021年7月(i i+107pp).
以下に、タイトル・著者名・内容説明などをページ順に記します。

 
まえがき p1-3。
 
1. 北限地栃木県におけるニガカシュウの分布。園部力雄、大和田真澄、岡上伸雄。 p4-9。

 Dioscoreaの種は、起原した大陸から外に出ている種は稀であるとされていますが、その稀な例がD. bulbifera L. (ニガカシュウ)です。熱帯アフリカ産ですが、南アジア各地を経て日本の栃木県あたりが北限です。以前著者らは、栃木県の南部にしか分布していないことから、縄文海進時に沿海地域となっていた栃木県南部に海流によって伝播されたと考察していました。今回、新たな調査により、これまで見られていた藤岡町(現在は栃木市に合併されている)よりも少し北方の岩船山や足利市内の数地点でも生育していることを見出しています。さらに、花をつけていたものは、日本に分布しているこの変種に関するこれまでの一般的な説とは異なり、すべてメス花であることを確認しています。観察が難しいメス花の構造を拡大写真で示しています。また、この種の本家であるナイジェリア産の株と栃木県産の株とを千葉県内の露地で並置栽培し、毎年5月中旬頃の出芽時期の遅速の比較をしたところ、栃木県産の株は10年間の平均で8日ほど出芽が遅く、その8日間に地温は平均して1.2℃高くなることもわかりました。なお、寺内の提唱に沿って世界に通じやすい変種名(var. vera)を用いています。

 
2. インドネシア スマトラ島のヤマノイモ属不明種。長谷圭祐。 p10-11。
 一年の半分以上を海外に出かけている植物探検家による寄稿です。著者によるスマトラ島の水気が多い地点での植物探索行が、TBSのCreasy Journeyで3年前に放映されました。著者が本来目的としていた湿ったところに生えているイラクサ科(Elatostemaなど)のたくさんの映像に混じって、まるでトゲイモ(D. esculenta L.)のイモかと思われるものが、地上の茎に巨大なムカゴのようについていて驚きましたが、本報にもその映像が載っています。滝の裏という珍しい環境に生育していた株とのことです。今のところ、種名の候補としてはD. esculenta L. や D. piscatorum Prain & Burkillが上がっているようです。また、亀甲竜に似た地下器官をもつ植物や、Dioscoreaceaeとしては極めて少数派であるツル性ではないTricopus属の植物の鮮明な写真が、掲載されています。
 

3. ダイジョ(D. alata L.)及びトゲイモ(D. esculenta L.)の窒素固定と共生菌。 志和地弘信、菊野日出彦、パチャキル バビル、オウヤベ ミシェル、高田花奈子、田中尚人。 p13-24。

 ダイジョ、トゲイモ、ホワイトギニアヤムなどは熱帯地域では重要な食用種ですが、窒素分が少ない畑ではうまく育たず、生育途中で枯れてしまうとのことです。ところが、著者らは窒素分が少ない畑でも枯れずに健全に生育を全うするダイジョの系統を見出し、もしや共生的窒素固定が行われているのではないかと推定し、δ15N存在比などによる解析を行い、ヤマノイモ科の植物でははじめて、共生的窒素固定が行われていることを発見し証明しました。また、同様にトゲイモでも共生的窒素固定が行なわれていることを明らかにするとともに、どのような菌がどのような部分に共生しているかを詳細に調べ同定して共生細菌の多様性を明らかにし、それらによる窒素寄与率はだいぶ高いこと(数十%)を明らかにしています。なお、それらの共生菌には根粒菌も含まれているものの、ヤムでは根粒を形成していないとのことです。また、共生細菌は、単なる窒素固定だけではなく植物生育促進作用を持つ物質をも生成していることも見出しています。さらに、著者らは西アフリカに生育しているホワイトギニアヤムにおいても共生的窒素固定が行われていることを明らかにしており、世界各地でのヤム類の栽培技術の革新を可能にする極めて重要な研究成果です。
 
4. テラヘルツ波による種子の水分分析 — ヤマノイモの休眠から発芽まで — 。平塚明、佐藤綾佳、佐藤真由美。 p25-36。
 植物体を構成する物質の中では最も大量に存在している水が、植物体内のどのようなところにどれくらい存在しているかをある程度正確に知ることは、たとえば中性子線源を用いるなど、意外に面倒で困難なことでした。このたび、著者らは、近年実用化され出したテラヘルツ分光測定装置を用いることにより、水の特性吸収帯のひとつの波長(1.2THz, 約250μm)を小さなスポットに絞って照射し、被測定物を位置的にスキャンしながら0.1mmピッチで測定し、被測定物中の水が存在する位置とその量とを、非破壊的に知ることが可能となることを示しました。今回は、ヤマノイモ(D. japonica)の種子を選び測定しています。ヤマノイモの種子は、翼をとると直径約5mm前後の扁平な円盤状で、厚みはほぼ均一に薄く、大きさも測定に手頃です。ヤマノイモの乾燥種子が吸水し、徐々に発芽に至り、その後も芽生えの生長を支える時期の、種子中の水の存在の状況が、またその経時変化が、種子一般を通じてはじめて認知されています。
 
5. Temperature dependence of seed germination and tuber sprouting in Tamus communis L. (Black bryony, Dioscoreaceae), a perrenial of the Mediterranean basin and the Atlantic regions (with two Appendixes). Okagami, N., Nishino, E., Santos, A., Takeuchi, Y., Satoh, K., Hiratsuka, A., Tanno, N., Terui, K. p38-47。
 Tamus communis L.は、地中海域では、普通に分布している種としてはヤマノイモ科の唯一の種です。赤いベリーが目を惹き良く見かける植物ですが、種子やイモの発芽条件は殆ど知られておらず、特に種子は発芽し難いものとして扱われていました。今回、種子とイモの休眠性を幅広い温度範囲で詳細に調べ、種子は東アジアのヤマノイモ科植物の温度依存性とは真逆の、一方イモは東アジア種と同じ温度依存性を持つことが判り、ヤマノイモ科のユーラシアの東端と西端の種における休眠性の違いを論じています。イモはジベレリン誘導休眠性を持つこともわかり、この性質はヤマノイモ科に普遍的である可能性を推定しています。また、大西洋上カナリアとマデイラに分布するT. edulis Loweの種子は、3〜6度高い温度で反応するものの、T. communis と同じ休眠性を持つがことも見出し、この休眠性はTamusグループに共通する性質であるとしています。 T. communisの種子の春と秋に発芽する周年発芽記録と、Tamus の二つの種の花の外部形態の明瞭な違いを示す写真とを、Appendicesとして付けています。
 
6. 北アルバニアのNeogene relict Dioscorea balcanica Kosanin。 岡上伸雄、阿部高宇、森野敏彰、Adrian Berisha、Liri Dinga、Sali Hallaci。 p49-56。
 ヤマノイモ属のNeogene relictsであるD. balcanica Kosaninのタイプ標本が1913年に採られた北アルバニアの山岳地帯で、2002年に群落を見つけ、記載時以来なされていなかったいくつかの外部形態の計測を行った。Kosaninによる記載では植物体の高さは約60pとされているが、今回見た群落の株の茎の長さの平均は305pほどであった。また、種子を採取し、発芽時に用いられる貯蔵脂肪であるtriacylglycerol(TAG)の分子種をHPLC-MSにより分析したところ、 palmitic acid(P)をもつTAG分子種の含量が少なく、linolenic acid(Ln)をもつTAG分子種を多く含むことが判った。一方、Neogene relictsに近縁で、同じStenophora節に所属し現在の東アジアの環境に適応し旺盛に繁茂しているD. tokoro (オニドコロ)の種子では、relictsとは反対にPを含むTAG含量が多くLnを含むTAG含量が少なく、Neogeneにおける隔離以来のTAGの分子種組成の変化の方向の推定が可能になり、貯蔵脂肪が支える芽生えの生長の様式の違い(多年生ながら一年生的な生長をするか、それとも多年生として生長するか、Zhongら2002)との関わりを考察している。
 
7. ヤマノイモ科:種子の構造と代謝と発芽(胚・胚乳・貯蔵脂肪・糖新生・種の系列)。 岡上伸雄、西野栄正、福岡泰幸、松浦秀典、蒲谷明彦、村田夏子、栗原宏弥、澤木真恵、島貫真実子、照井啓介。 p58-69。
 Dioscoreaceaeの中でも Dioscoreaをおもにして、果実と種子の外部形態、種子の内部形態、発芽と芽生えの生長時のそれらの変化、種子貯蔵脂肪の化学的性質、それらの発芽時の代謝、などに関することを記している。既知の基本的な事柄、脂肪種子であるDioscoreaの種子で見られた結果、今後の問題点、などについて触れている。先に脂肪種子で初めて見出したオニドコロ種子の貯蔵脂肪のtriacylglycerol(TAG)分子種ごとの不等代謝の要因として、TAG分子種は胚乳内に均等に分布しておらず不等分布をしていることが見出されている。また、D. nipponica (ウチワドコロ)種子ではオニドコロとは反対の傾向の不等代謝があること、D. tenuipes (ヒメドコロ)などでは不等代謝が起きていないことも見出した。TAG分子種の不等分布については、TAGに依拠する順序だった諸過程により芽生えが多年生草本として確立する際に、芽生えに接続している吸収型子葉が種子内で展開するに従って、胚乳内で存在位置が異なる多種のTAG分子種の分解が順繰りに行われるための仕掛けか、と推定している。
 
8. ヤマノイモ属における7’-ヒドロキシアブシシン酸の存在とアブシシン酸の異化。 丹野憲昭、中山真義、佐藤義人、原田篤子、黒沼千恵美、池田玲子、白川哲平、伊藤元、阿部亮平、 鈴木茂夫、横田孝雄、岡田勝英。 p70-76。
 Dioscoreaのむかごや地下器官ではジベレリンによる休眠誘導は詳細に研究されてきていたものの、ABAの作用についてはあまり知られてはいませんでした。著者らは、D. japonica(ヤマノイモ)のむかごからGAを検出同定する際にABAのマイナーな誘導体である7’-hydroxyabscisic acid (7’-hydroxyABA)が存在することを見出し、この物質はABA様の活性を持つことを明らかにしました。さらに、この物質はヤマノイモにおいて実際にABAから異化されたABAの異化産物であることを2H6-ABAを用いて確かめました。また通常のABAはむかごの発芽を抑制する作用を持つことが明らかになったことから、7’-hydroxyABAもむかごの発芽抑制に関わっている可能性があリます。また、7’-hydroxyABAはごつごつした根茎を持つStenophora節の種の地下器官にはあまり含まれてはおらず、大きないもを肥大させるEnantiophyllum節やLasiophyton節の種の地下器官にはかなりの量が含まれていることも明らかになりました。 7’-hydroxyABA はEnantiophyllumやLasiophyton節の種がもつ貯蔵器官の肥大化に関与している可能性が考えられます。ABAはC15のセスキテルペンですが、極めて特異な分子形状を持っていることが知られています。 ABAは、Dioscoreaで広く見出された7‘-hydroxyABAと、既に多くの植物でよく知られている不活化体である8’-hydroxyABAとともに、異なる炭素部位の水酸化によって分子の形状と活性との関係がどのようになっているのかというレベルから、EnantiophyllumやLasiophyton節の種がもつ大きな貯蔵器官からの水分移動の調節と、根から吸水した水分の移動の調節などに、どうかかわるかなどというレベルにも関係する、影響の大きな物質です。
 

9. ヤマノイモのむかごからの9-シス-エポキシカロテノイドオキシゲナーゼ(9-cis-epoxycarotenoid dioxygenase)遺伝子とアブシシン酸8’-水酸化酵素(abscisic acid 8’-hydroxygenase)遺伝子のクローニングおよびそれらの発現 — 特にジベレリン誘導休眠に関連して —。 吉田隆浩、ハイニイエ ビダデイ、加藤遼、後藤佳奈、清水和弘、古井丸葉月、豊増知伸、遠藤亮、南原英司、瀬尾光範、岡田勝英、丹野憲昭。 p77-88。

 ABAはcarotenoidの開裂から始まる過程で生成されること、また8’の水酸化からの過程で不活化されることが知られている。ヤマノイモのむかごにおけるこれらの過程に関わる鍵酵素の遺伝子をクローニングし、それらが休眠状態の誘導、維持、打破などと関連するかを詳細に調べた。また、ジベレリン処理がABA生成過程の最初の段階に関わるcarotenoid dioxygenase遺伝子の発現量を増加させ、一方不活化の過程の最初の段階の8’-hydroxygenase遺伝子の発現量を減少させることを見出し、それによりABA量が高く維持されることがジベレリン誘導休眠の機構であるという仮説を提出している。
 
10. ヤマノイモ属の内生ジベレリン(続報) —Stenophora節新成紀遺存種とEnantiophyllum節ダイジョ—。 丹野憲昭、中山真義、伊藤元、佐藤義人、加藤文恵、横田孝雄。 p89-93。
 前号のDioscorea Research 1(1999)に掲載した論文の続報となる報告。一般的に植物ではent-ジベレランの13位のCの水酸化の有無による二つの生合成経路が存在することが明らかにされていますが、Dioscoreaではこれら二つの経路が共存していることが特徴です。今回、Stenophora節新成紀遺存種とEnantiophyllum節ダイジョの内生GAを加えて、DioscoreaではGA1を生成するC13水酸化経路の活性よりも、GA4を生成するC13非水酸化経路の活性が強いこと、およびムカゴに処理した場合GA4がGA1よりも休眠誘導効果が格段に高いこと、などから、Dioscoreaのジベレリン誘導休眠はGA4がおもにもたらしていることを推定しました。この仮説は、アラビドプシスなどでも二つの経路の存在が知られ出し、それらの植物で主として働くのはGA4のほうであろうと考えられ出していることに、一致しています。
 
11. シュウカイドウにおけるジベレリン誘導休眠について。 岡上伸雄。 p94-97。
 ジベレリン誘導休眠の研究がシュウカイドウ(Begonia evansiana)で始まりDioscoreaで行われるようになった経緯を記している。1950年代の後半にジベレリン処理による休眠誘導がいくつかの植物で見出されたとき、シュウカイドウにおいては、内生ジベレリンの存在確認が目指された。しかし、ムカゴの形成途上にジベレリン生合成阻害剤のCCCを処理するような培養発芽実験をすることは出来たものの、内生ジベレリン活性の検出には当時は大量の試料が必要だったが、シュウカイドウのムカゴは大量に入手できず、そのうえジベレリン活性も低く、抽出実験には不適な植物だった。そのため、ジベレリン誘導休眠が、より実験に適切な植物のムカゴにも見られるのではないかと、郊外の山野などで入手できる五種ほどのムカゴについて実験系として用い得るように休眠性を明らかにしたのち、ジベレリン処理の作用を見たところ、新たにヤマノイモとナガイモのムカゴがジベレリン誘導休眠性を持つことを見出した。またこれらのDioscoreaのムカゴは、幸いにも当時(1960年代なかば)の通常のやり方で定量可能な程度に内生ジベレリ活性を有していて、それ以来ジベレリン誘導休眠の研究の主な対象はDioscoreaになった。なお、五種ほどのムカゴの休眠性を明らかにしたことにより、それまでシュウカイドウ以外では知られていなかったムカゴ一般の休眠性が知られることになった。なかでもDioscoreaは、熱帯から高緯度まで連続分布をしているという特徴をもつため、休眠一般の研究にも得難い植物として用いている。
 

12. Promotion by uniconazole and fluridone of bulbil sprouting and identification of endogenous gibberellins and abscisic acid in Begonia evansiana Andr. Tanno, N., Nakayama, M., Sunaga, K., Muryohbayashi, H., Okagami, N., Yokota, T. p98-105。

 シュウカイドウのムカゴに、ジベレリン生合成阻害剤のウニコナゾール、ABA生合成阻害剤のフルリドンを処理すると、発芽が促進されることを見出し、内生のジベレリンとABAが休眠を誘導している可能性を見出しました。また、ジベレリン生合成阻害剤の作用点から、親植物から離れる前にムカゴではジベレリンの生合成がどの段階まで進んでいるかを突き止め、さらに、同じくジベレリン誘導休眠性を有するDioscoreaのムカゴの場合とは、ムカゴの形成過程におけるジベレリンの生合成の進み方(止まり方)の違いを見出すことが出来ました。さらに、内生のジベレリンとABAを抽出しELISAやGS-MSにより検出し、シュウカイドウのムカゴにおける内生のGA4とABAなどの役割を明らかにしました。
 
あとがき。 p107。
 
以上、Dioscorea Research 2 (2020)の内容を紹介しました。
2021年11月 Rsearch Group of Dioscoreaceae Plants (RGDP)

 

 ホームに戻る